

精緻なカットが生む美しい世界
江戸切子一筋60年。篠崎清一さんの手がガラス皿に花の模様を刻んでいく。篠崎さんによると「5分の1ミリ狂っても1点で交わらない」。研ぎすまされた指の感覚をもつ者にしかできない精緻なカットが、光と色と輝きの美しいコントラストを生み出す。
1932年(昭和7)、富岡市で生まれた。縁あって16歳で上京、切子職人の道を歩み始めた。「月2回の休み、600円の給料でした」と、当時を振り返る篠崎さん。休日のデパートで目にしたクリスタルメーカーの製品に衝撃を受けたという。「こんな最高級品を作れる技術を覚えたい」。独立への夢が膨らんだその時、誓った。「酒もタバコも一切無駄な物は口にしない」。その後3人の親方から技術を学び、25歳で独立したが、初心の誓いは現在までかたくなに守っている。

線で始まり線で終わるといわれる切子は、線の組み立てによって模様がデザインされ伝統をはぐくんできた。篠崎さんもひたすら線のカットに取り組んだ。そんな篠崎さんのもとに、昔デパートで見たあこがれのクリスタルメーカーから仕事の依頼が入ったのは独立11年目のこと。
「一流に手が届いた思いがした」と篠崎さん。しかし代わり映えのない線の切子に消費者の興味は遠ざかっていた。「伝統を守るのは大切だが、商売をする上でお金にならない物を飾っておくわけにはいかない」。篠崎さんは刺繍をヒントに花のモチーフを取り入れる。高い技術を伴うカットだったが、曲線と円弧で彫り上げる模様は江戸期から脈々と受け継がれてきた線の歴史からはずれることでもあった。

従来にないカットにいち早く反応したのは消費者だった。大手デパートの展示即売会で記録的な売り上げを達成。「作品の良しあしはお客さまが決める」と言う篠崎さんが出した結果である。群馬を離れて半世紀以上が過ぎ、帰郷する機会は少なくなったが、9年前には富岡市立美術博物館で個展を開催し、来館者記録を更新する5600人が訪れた。
篠崎さんはこうも言う。「お客さまの望みに応じ付加価値をつけていかないと伝統は途切れる。良いものを作り過ぎて悪いことはない」。これからも独自の作品を生み出し、江戸切子の可能性を広げたい。アイデアは次から次へとわいてくる。伝統を次世代につなぐ篠崎さんの創作意欲はとどまるところを知らない。

【プロフィール】
しのざき・せいいち 1932年富岡市生まれ。16歳で上京しガラス工場に就職。3社で修行した後、25歳で篠崎硝子工芸所を設立。89年東京都伝統工芸士認定。90年江戸切子新作展(東京カットグラス工業協同組合主催)で江東区長優秀賞受賞。以後、数多く受賞を重ねる。91年には日本橋高島屋・日本の伝統展に出品し大成功を収める。98年富岡市立美術博物館で個展を開催。器にとどまらず、江戸切子の新たな可能性を切り開いている。