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春の風どうしてこんなに眠くなる
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利根商高1年 中島安里紗
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【評】「こんなに」に、実感と相手にうまく説明できないもどかしさがこもります。もちろん自分の眠さの理解しがたさが根本です。
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じんじんとスケート後の足ひびく
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高崎北高1年 岡本 麻弥
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【評】スケートを楽しんだ余韻が、足にしびれるように残っているというのです。「じんじんと」「足ひびく」が効果的。
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達磨市長き階段のぼり行く
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高崎北高1年 望月 麻衣
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【評】達磨市はあちこちで催されますが、これは達磨寺の達磨市でしょう。寺への長い階段がそのまま達磨市の賑(にぎ)わいになっています。
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白い息僕より犬が白いかな
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高崎北高1年 森谷 紘旭
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【評】白い息を吐きながらの、冬の朝の犬の散歩でしょう。犬の方がはるかに豊かな白い息を吐いていることに気づきます。着眼がいい句。
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くつ下に穴があいてる親指よ
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高崎北高1年 鈴木 聡
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【評】格別大きく、一番力の入る足の親指は靴下破りの名人です。運動している人はなおさら。穴から見えると親指もユーモラスな姿です。
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あのころは遊びに思えた通り雨
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高崎北高1年 上原 允志
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【評】「あのころ」は幼い頃。自然現象も、すべて自分の世界の内にあった時代です。通り雨も、いたずら好きな雨なのです。
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窓開けるやっとでてきた春のかおり
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高崎北高1年 小山 直樹
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【評】窓を開けるという行為も暖かさに誘われてのものでしょう。かすかに感じる香りも、暖かさがもたらしたものでしょう。
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携帯のクリスマスソングもう消そう
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高崎北高1年 清水 美穂
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【評】待つ思いは楽しい。クリスマスを迎える思いで、着メロをクリスマスソングにしていたのです。「もう消そう」に後の寂しさがあります。
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満月の光りでできる影もよい
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高崎北高1年 飯塚 裕樹
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【評】「影もよい」に「枕草子」に通じるような美意識が働いています。月が作る淡い影に、月夜の美しさを凝縮させています。
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地に映るあなたの影と手をつなぐ
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高崎北高1年 江原 瑛李
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【評】「あなた」に気づかれないように行う心密(ひそ)かな代償行為。片思いを詠んだ句。屈折しながら「あなた」に向かう心です。
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自画像に描いた自分は何思う
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高崎北高1年 中島 祐貴
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【評】自画像として描いても、自分の外に取り出された姿は、すでに別の人格を獲得してみえます。そこには自分でも知らない自分がいます。
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アゲハ蝶花よりもなお濃くてあり
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高崎北高1年 岡田 智美
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【評】明るい花の色彩よりも、さらに強い色彩で花を訪れる蝶。そこに蝶の存在感と生命力を見ているのでしょう。秀作です。
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おさがりの黄色の長ぐつ雪がつく
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高崎北高1年 阿部 祥久
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【評】姉か兄のお下がりで回ってきた長靴。それでも大切でうれしい。雪の中で思う存分走り回ったのでしょう。幼児期の回想。
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また明日だけど別れの春近し
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共愛学園高2年 岡田みなみ
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【評】「また明日」と言って別れる今日。しかし、それは別れの明日が近づいてくることを知ってのあいさつ。春は別れの季節。
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新芽出て心もスタート位置に着く
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渋川青翠高2年 関 愛子
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【評】新学期の気持ちを詠んでさわやかです。木も新芽からスタートの春。自分の心もスタート位置についていることに気づきます。
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雨降って日に日に春が近くなる
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渋川青翠高2年 関 愛子
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【評】暖かい雨が、眠っている動植物の目を覚まさせます。一雨ごとに青くなって行く世界に、春の到来が実感されます。
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やはらかきてのひらのあり雪うさぎ
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北海道大2年 山野犠恵子
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【評】「雪うさぎ」と「やはらかきて」の取り合わせが秀抜。雪うさぎの肌に、人の手の柔らかさを感じ取る感覚も、鋭いものがあります。
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