林桂選

2005年6月22日上毛新聞掲載


鳥の羽なんだか生き物みたいだな
前橋桃川小5年 鯉渕 優介
【評】羽が持っている手触りは、羽そのものにも生命が宿っているように感じられるというのです。羽の質感をおもしろく言い止めました。
風のない木たちはみんな石のよう
前橋桃川小5年 川人 万生
【評】動きのない木々を「石のよう」と、思い切りよくたとえて成功しました。植物もたえず動いているものだということがわかります。
弟の顔はなんだかじゃがいもだ
前橋桃川小5年 中沢 鮎美
【評】ある女優さんは理想の男性をジャガイモのような人と言いいましたが、この句からは坊主頭のわんぱくざかりの姿が浮かびます。
エプロンは夕食のにおいしているよ
前橋桃川小5年 中沢 鮎美
【評】学校からの帰りを出迎えてくれたお母さんのエプロンでしょうか。お腹が空き始めた鼻は、敏感に夕飯の匂(にお)いを感じ取ります。
読書中頭の中が主人公
前橋桃川小5年 申  玄祉
【評】物語に没入して、自分の頭の中は主人公の気持ちに置き換わっています。「読んでゐるときは我なし浮寝鳥」(田中裕明)があります。
ネギ畑モヒカンヘアーがにあってる
前橋桃川小5年 芝田 篤哉
【評】青く続くネギ畑の畝(うね)を、モヒカンに見立てました。発想がおもしろい。大人には見えてこないものです。
夏になり緑にくるまるぼくたちが
松井田西横野小6年 萩原 拓也
【評】一面にひろがってゆく緑の空間。それを「くるまる」という感覚で表現しています。緑の世界の中に入り込んでゆく感覚です。
夏の日のむぎわら帽子がほしくなる
中之条中1年 吉田 知世
【評】「夏の日に」ではなく、「夏の日の」です。暑い夏の日とその日差しを浴びた麦わら帽子が欲しいというのでしょう。夏よ来いの思い。
浅草寺風にゆられる若葉たち
安中一中2年 萩原 美香
【評】浅草浅草寺。目を引くものはあったでしょうが、風にゆられる若葉という何気ない景色を発見したことがここでは効果的です。
電車の中ほんとに団扇ほしかった
安中一中2年 忰田実佳子
【評】帰りの電車の中で、買いそびれたお土産を思いだし、悔やんでいます。後悔するのは団扇(うちわ)のような小さなものであることが多いのです。
ゆりかもめ行く先見える光る海
安中一中2年 柳沼 有里
【評】これから行く先を視界にとらえながら、走る「ゆりかもめ」。その中には、陽(ひ)を返して輝く海も入っています。大きな景の把握が見事。
たんぽぽのわたげが鼻を笑わせる
小野上中2年 宮 ゆりか
【評】「鼻を笑わせる」の表現がユニーク。綿毛がくすぐる感じを言ったのでしょう。「鼻を」の局部限定が、くすぐる感じにつながります。
虫たちが春のめぐみをひろってる
小野上中2年 野村 政貴
【評】虫たちも一斉に活動を始める春。それは春が恵みの季節だからに他なりません。その恵みをひとつひとつ自分のエネルギーに変えます。
ぎこちない首輪が大きい子犬かな
小野上中2年 野村 詩織
【評】子犬を飼うことにしたのです。大きくなることを見越しての大きな首輪。「ぎこちない」が新たなペットの感じを伝えています。
水を張るプールが光る月曜日
小野上中2年 野村 詩織
【評】いよいよ夏。学校のプールも清掃され、水が張られました。日の光を返して輝きます。月曜日には、「いよいよ」の意識がこもります。
一本の飛行機雲が空かざる
六合中2年 小島亜希穂
【評】「空かざる」がいい。空に引かれた一本の飛行機雲。それを空を飾るものとして捉(とら)えます。見たものが自分の世界になっています。
春の日は雨にも負けず風にも負けず
六合中2年 山本 直哉
【評】宮沢賢治の詩を踏まえて、それを春の日差しの暖かな恵みのさまにたとえました。本歌取りは、和歌の勉強法のひとつでもありました。
庭園に琴の音響かす春の風
六合中3年 山本 翔太
【評】修学旅行でのひとこまでしょう。庭園にまで琴の音を運び、響かせるのは、春風の仕業だと言います。麗(うら)らかな古都の散策です。
山笑う堂々とした鳥の声
小野上中3年 飯塚 仁美
【評】春になって、小鳥たちの声も大きく賑(にぎ)やかになってゆきます。「堂々とした」で、鳥の様子を表したのは見事です。
庭の枝すずめが鳴く昼うどんゆで
小野上中3年 佐藤 克紀
【評】最後の「うどんゆで」がおもしろい。お昼のうどんの準備なのでしょうが、のどかな庭の様子が一変するおもしろさがあります。
雪山に朝日そそがれかき氷
沼田薄根中3年 池内柚か愛
【評】雪山をかき氷にたとえました。かき氷を思うくらいですから、ここでは冬でなく初夏の山。谷川岳がモデルでしょうか。
春風や元をたどれば山深し
沼田薄根中3年 下  貴志
【評】若山牧水に川の源流を訪ねる紀行文がありますが、川のみならず、風も元を訪ねれば、山の奥深くに至るのかもしれません。