林桂選

2005年9月14日上毛新聞掲載


うみいくとうきわにのっておどってる
群馬国府小5年 藤塚 智美
【評】「おどってる」がおもしろい。解放された気持ちの表現なのでしょうが、「およいでる」でないところに注目です。
貝がらのきれいなもようがぼくは好き
群馬国府小5年 大塚 光彦
【評】臨海学校で見つけた貝がらでしょうか。大塚くんが「きれい」と思った「もよう」は、どんな模様だったのか、知りたいところです。
夏祭り最後の花火家で見る
群馬国府小6年 池沢 将人
【評】夜遅くまで長く続く夏祭り。そのため花火大会の最後は、家に帰って見たというのです。夏祭りの余韻(よいん)も感じられます。
水たまり空の景色がよく見える
草津小6年 黒岩みゆき
【評】水たまりに映ることで、一つの景色となり、見えてくる空の様子。一枚の写真、絵にして見えてくるものがあるのと同じでしょう。
青空が入道雲に支配され
沼田小6年 東  胤明
【評】入道雲が広がり、やがて青空をおおい尽くそうとしています。それを「支配され」と言っています。ドラマに立ち合っている感覚です。
少しずつ大きくなるよセミの声
沼田小6年 中嶋 麻衣
【評】確かにセミの鳴き方は、恐る恐る小さな声で始めて、やがて白熱してうるさいほどになるという感じです。よく観察できています。
さがしてる小さなつくしと私の芽
渋川北中1年 上原 榛奈
【評】「私の芽」への飛躍がいい。小さなツクシの芽を探すように、私の可能性の芽を探す日々を生きているのです。
亡き祖母の野菜畑に蝶が舞う
渋川北中1年 武本 莉奈
【評】亡くなったお祖母(ばあ)さんが丹精していた野菜畑。そこに舞う蝶(ちょう)は、武本さんには、お祖母さんの化身に見えたことでしょう。
夢の池蛙がひっそり暮らしてる
渋川北中1年 國武さくら
【評】芭蕉の古池の句を踏まえているのでしょう。でも、國武さんの夢の中の池の蛙は、音もたてません。静かな生活への願望でしょうか。
校庭の青空背負う夏木立
六合中1年 山本  葵
【評】「背負う」の表現で、夏木立の大きさも青空の広さも感じられるものとなりました。それは校庭の空間の広さも感じられるものです。
宿題のともは風鈴鳴らす風
中之条中1年 山田 礼子
【評】夏の喧噪(けんそう)から離れて、静かに机に向かう時間。宿題で追いつめられた時間なのに、楽しむような気分なのは、風鈴を鳴らす風のお陰です。
青い空ミントの香りはじけそう
中之条中1年 唐沢 瑠美
【評】夏の青い空を、ミントの香りにたとえたと読むのが一番素直でしょうか。でも、実物のミントとも、ミント系の飲食物とも読めます。
夏祭りみんなの笑顔がすれちがう
中之条中1年 山口ゆか子
【評】夏祭りの様子を、人々の笑顔に焦点を絞って描いて成功しています。たしかにすべての人が笑顔なのは、日常の中では難しいものです。
京都弁初めて聞いた雨あがり
甘楽第二中3年 西沢 浩美
【評】やわらかい印象の京都弁。あらいといわれる群馬弁の私たちが聞けば、その印象も一層強いはず。「雨あがり」が気持ちを伝えます。
友だちと遊ぶ妹あぶらぜみ
小野上中3年 佐藤 未菜
【評】佐藤さんと遊んでいた妹さんも、自分の友だちを作り、友だちとの遊びの時間が多くなってゆきます。妹を見る目が温かい。秀作です。
新学期光さしこむ教室へ
六合中3年 山本  栞
【評】新学期への思いが、「光さしこむ」に仮託されています。「教室へ」は倒置表現とも、行動の言葉が省略されているとも考えられます。