林桂選

2006年4月12日上毛新聞掲載


らんどせるおもたいひもあるがんばるぞ
伊勢崎殖蓮二小1年 すずきひかり
【評】教科書、ノートをいっぱい入れて重くなったランドセル。その重たさが、「がんばるぞ」の気持ちを引き出しています。
せっかくきたのにワニはうごかない
前橋山王小1年 城田 正輝
【評】ワニ園か動物園でしょう。でも、ワニはお昼寝。動こうとしません。「せっかくきたのに」という城田くんの気持ちはワニに通じません。
いもうととおふろでまいにちうたがっせん
前橋山王小1年 いとうなみ
【評】仲のいい姉妹。音響がよく、エコーのかかる風呂は、二人の歌のステージ。次から次へと歌い続けているのでしょう。
わたしのはチーズケーキでぬけちゃった
前橋山王小1年 新井 花音
【評】ぬけそうでなかなかぬけなかった乳歯。それが柔らかいチーズケーキを食べていたら、ぬけてしまいました。意外な結末。
いもうとはなんでもゆるされるおひめさま
前橋山王小1年 石原  丞
【評】お兄ちゃんの複雑な思いがにじみ出た句です。ガマンもしているのでしょう。お父さんお母さんはちゃんと見ていてくれると思いますよ。
うしろとびかんらんしゃみたいでつかれるよ
前橋山王小1年 高橋 尚大
【評】なわとびのなわの軌道を観覧車のように感じています。まえとびでも同じなのですが、むずかしいうしろとびのときに強く感じます。
はるかぜがわたしのからだをとおっていく
前橋山王小1年 武藤 芽生
【評】春風のここちよい感じを、「からだをとおっていく」と表しました。体の中まで、風が吹いているようなさわやかな気分です。
よるねておきてかがみがくもる
前橋山王小1年 伊藤 理湖
【評】短律の句。朝の洗面台の鏡でしょう。結露して曇っているのです。夜の間に、鏡にどんなドラマがあったのでしょう。
もうはるだねあそぼうよ
前橋山王小1年 あらいのり子
【評】春が来たことが、そのままあそびにむすびつく感覚。このまっすぐな季節の感覚が大切です。この単純な思いを大人は失いがちです。
わたしの手ぶくろはあったかくなった
前橋山王小1年 たか山なみ
【評】てぶくろをして、しばらくたってからの感じでしょう。てぶくろをするのと、あたたかい感じがするのがずれているのを発見したのです。
新しい時春と一緒にやって来る
前橋桃川小3年 奈良 布美
【評】「新しい時」がやってくると感じるときが、季節の中で何度かあります。「正月」もそうですが、「春」もその一つです。
ノートがねつかいおわるとちょうど春
前橋桃川小3年 大久保ゆうか
【評】大久保さんの「ちょうど」にも、春に新しい時を感じる気持が生きています。春の新学期を新しいノートで始められます。
さくらはね四年になるのを待ってるよ
前橋桃川小3年 黒沢 貴広
【評】黒沢さんが四年生になったときに、きっと桜は咲いているでしょう。その桜は、四年生になった黒沢さんに会うために待っています。
かげぼうしみんなでたのしくわらってる
前橋桃川小3年 たけいまゆか
【評】かげぼうしが笑っているのですから、かげぼうしの主の友だちみんなも笑っています。楽しさが倍になったような感じがします。
羊雲毎日空を歩いてる
前橋桃川小3年 木暮  樹
【評】「羊雲」だから、「動いてる」でも「流れてる」でもなくて「歩いてる」。おもしろい感じ方と表現の工夫が、俳句をたのしくします。
春の空気持を乗せた風がある
伊勢崎あずま小4年 福島 智毅
【評】風は、だれのどんな気持を乗せているのでしょう。「春の空」という広い空間です。楽しい気持がいっぱいに広がっているのでしょう。
雪の中春のしるしのふきのとう
みなかみ古馬牧小4年 桑原 一貴
【評】雪とフキノトウ。このようすは友だちの俳句にたくさん書かれていますが、桑原くんは、フキノトウに「春のしるし」を付けました。
春になる一輪車に乗れるんだ
みなかみ古馬牧小4年 庄田有理紗
【評】春が来る喜びを「一輪車に乗れるんだ」と具体的に書くことで、読者の中で喜びがふくらんで感じられるものになりました。