林桂選

2006年12月20日上毛新聞掲載


稲刈りは命を刈ってる大切さ
高崎国府小5年 山口 仁見
【評】「いただきます」は、「命」をいただくことだから残さず食べなさいと言われましたが、それは稲刈りから始まっていたのですね。
白井城ゆずのかおりでいっぱいだ
渋川津久田小5年 狩野真奈美
【評】遠足で白井城趾(し)を訪ねたのです。いまは柚子(ゆず)の木が植えられているのでしょうか。柚子の香りと懐旧の思いが重なります。
とうこう中秋が後からついてくる
前橋大室小5年 高尾 里奈
【評】「後から」がいい。秋の季節感をうまく表現しています。たしかに、春は前からやって来そうですが、秋は後ろからついて来そうです。
こがらしがはやくよこぎる江の電を
榛東南小6年 丸岡 憲子
【評】修学旅行は学校によって様々な時期に行われるようになりました。木枯らしの吹く冬の鎌倉への旅行です。「はやくよこぎる」がいい。
大銀杏秋だ大きくなっている
榛東南小6年 折原 誓也
【評】大きく感じる膨張色というのがありますが、銀杏(いちょう)の黄葉もまさしくそう。大きな銀杏の木が、秋を迎えて一層大きくなっています。
柿もらい食べろ食べろと急かす父
高崎金古南小6年 今井 仁貴
【評】サルカニ合戦は柿が発端。「柿食へば鐘が鳴るなり法隆寺」と詠んだ正岡子規も無類の柿好き。柿は日本を代表する果物なのですが。
感じてる本読みながら秋風を
太田沢野小6年 小林 雅実
【評】この「秋風」は、風というだけでなく、本を読んでいるときの心象にも重なっているのでしょう。爽(さわ)やかな心の風でもあります。
桜の木寒くてなきべそかいている
太田沢野小6年 金谷 悠平
【評】「桜の木」で「切れ」ると読むと、泣きべそは「作者」ですが、落葉した桜の木のようすが投影されていることは間違いありません。
速すぎてみんながダチョウに見えてきた
前橋笂井小6年 吉野 大和
【評】持久走大会かその練習で感じたことかもしれません。友達がダチョウに見えるというたとえが愉快で、走る姿までも思い浮かびます。
秋空の真下で描く妙義山
富岡妙義中1年 飯野 恵太
【評】「真下で」がうまい。秋の空の広がりと深さが感じられる表現となりました。秋の空は、どこにいても真下に感じられることでしょう。
カーテンの光る桃色ほお香る
渋川小野上中1年 樋田 真季
【評】「ほお香る」がうまい。「桃色」はカーテンにも頬(ほお)にもかかる表現なのかもしれません。かすかな光の温かみで自身を感じています。
父親に柿うまいよとさそわれる
館林一中1年 桜井 勇輔
【評】今井くんにも同種の句がありましたが、共通項は柿好きの父と柿嫌いの子どもです。お父さんは本当に美味(おい)しいと思っているのです。
じつは僕秋になるたびぐうたらに
館林一中1年 金子 正明
【評】話しかけている相手には誰を想定しているのでしょうか。「じつは僕」と言って打ち明ける相手との心の距離感を考えさせられます。
紅葉散るするとその木は光る木々
館林一中1年 遠藤 真理
【評】落葉して枯木となったようすを「光る木々」と表現しました。寂しい木ですが、冬は枝枝の美しさが際立つ季節でもあります。
秋の空とんぼを連れてせまりくる
館林一中2年 関根  俊
【評】「せまりくる」の主体は「秋の空」でしょう。高い空が夕暮れで近づいてくる感覚なのでしょうか。「とんぼをつれて」がおもしろい。
早朝の学校霧が包み込む
中之条中2年 山田 慎也
【評】秋は霧が立ちやすい季節ですが、そのなかでも朝は霧が立ちやすいときです。見慣れた学校も幻想的な姿を一瞬見せてくれるのです。
カーテンの影が目立つ寒さかな
渋川小野上中3年 樋田 亮介
【評】このカーテンの影は、床の上に落ちているものなのでしょう。寒々とした冬のフロアが、影の印象をより強くしています。
短日にあせり感じる机上かな
渋川小野上中3年 吉沢 朋和
【評】日が短くなってくるのと受験が近いという思いが、重なって感じられるのでしょう。切迫した思いが「机上」の世界に展開します。
シャーペンを押してる指まで風が吹く
渋川小野上中3年 飯塚 泰志
【評】屋外での一場面でしょうか。この風は木枯らしではなく、爽やかな秋風でしょう。「指まで」に風の細やかさが感じられます。
ポケットにしみこむ寒さかじかむ手
六合中3年 黒岩 剣大
【評】暖かいはずのポケットも暖かく感じられないほどの寒さ。「しみこむ寒さ」がうまい。ただ、「かじかむ手」が説明的なのは残念。