林桂選

2007年8月15日上毛新聞掲載


おにやんまあさがおにいたつかれたの
前橋桃川小1年 たまがわひろみ
【評】アサガオに止まっていたオニヤンマを発見。「つかれたの」と話しかける言葉がいい。オニヤンマを気づかうやさしい思いです。
てつぼうでくるっとまわったあおいそら
前橋山王小1年 まついあみ
【評】鉄棒で回ったのは作者ですが、青空の方がまわったように見えたのです。見えたようすを描くことが読者に伝える力となっています。
きゅうりなすおばあちゃんがもってくる
前橋山王小1年 たかやまあい
【評】キュウリやナスを畑で作っているお祖母(ばあ)さんは、できると持ってきてくれるのでしょう。やさしいお祖母さんの姿がよく描けています。
こうえんできらきらみずがひかったよ
前橋山王小1年 きむらたいよう
【評】雨上がりの水たまりでしょうか。それとも噴水でしょうか。小川かもしれません。水を光らせる太陽の輝きも感じられます。
きのうはねかえでちゃんちで一りん車
前橋桃瀬小2年 堤 ありさ
【評】友だちに話している口調が効果的。昨日の遊びを話し合っている一こまが浮かびます。一輪車遊びからも、活発な作者がうかがえます。
きのうぼくおとうさんがくつかった
前橋桃瀬小2年 とまるりょう太
【評】お父さんにくつを買ってもらったのです。「きのう」と「おとうさん」の間の「ぼく」が不思議な味。一緒に買いにいったのでしょうね。
夕だちはまっかなまるのあめみたい
前橋桃瀬小2年 とがみゆら
【評】「夕だち」は「夕やけ」の間違いかとも思いましたが、目にみえるほど大きな雨つぶのたとえが「あめ(飴)みたい」なのでしょうね。
あつい日はお日さまいっしょにはだかんぼ
高崎城山小2年 並木 沙弥
【評】裸になりたいような暑い日。太陽も裸ん坊になっているというのです。太陽が裸ん坊になったからきっと暑いのかもしれませんね。
雨の日はおうちでけん玉できるかな
伊勢崎あずま北小3年 木暮 涼介
【評】雨が降れば、家の中での遊びを考えるのです。「ゲーム」ではなくて、「けん玉」であることが、この句を魅力あるものにしています。
ヒマワリはパパより大きい外国人
前橋山王小3年 関根百萌花
【評】お父さんの背丈も超えたヒマワリの花。すると、ヒマワリが背高のっぽの外国人に見えてきたというのです。発想がおもしろい。
先生が考えてる顔おこってる
前橋桃瀬小4年 黒沢 月乃
【評】先生が、真剣に考えているときの表情を「おこっている」ときと同じようだといいます。よく観察し、似たもの同士を見つけています。
えんぴつを持つとどうじにやるきでる
前橋桃瀬小4年 黒沢 月乃
【評】積極的な状況や場面を作ると、それに気持ちが後からついてくることがあります。鉛筆を持つことで、やる気を呼び寄せるのです。
ねじばなや小さい風におじぎする
前橋桃瀬小4年 黒沢 月乃
【評】小さなネジバナのかわいらしい美しさを、「小さな風におじぎする」で表現しています。小さな風にも揺れる小さなネジバナなのです。
せっけんはあわをふいてるにげまわる
前橋桃瀬小4年 加納 夏海
【評】セッケンで手を洗うときのようすを、おもしろく表現。泡立ち、滑りやすくなったセッケンが、生き物のように描かれています。