林桂選

2007年11月21日上毛新聞掲載


切られたよ俳句に書いた彼岸花
高崎堤ヶ岡小5年 淡嶋 義弘
【評】自分が俳句の題材にしたことで特別な思いを持っていたヒガンバナ。「切られた」ことで、その思いが一層強まります。
夕空にメタセコイヤがとどきそう
高崎堤ヶ岡小5年 堤  陽香
【評】メタセコイヤは巨木になる樹木。この句のメタセコイヤも巨木にちがいありません。今にも夕空に届きそうなのですから。
青空にいっぺんに行く渡り鳥
高崎堤ヶ岡小5年 藤井 由依
【評】「いっぺんに行く」がいい。確かに渡り鳥は、群れを作りいっぺんに帰って行きます。何でも不思議に思う感性が発見した事実です。
あきの空とんぼがみんなをみつめてる
榛東南小学校6年 近藤 杏奈
【評】トンボの視点から考えるというところがユニーク。トンボを見ている「みんな」は、トンボに見られてもいるのです。
前橋祭りからあげにおいの鼓笛のいしょう
前橋山王小6年 寺澤小枝子
【評】鼓笛隊の演奏が終わった後に空揚げを食べたためか、屋台の間を歩いたために匂いが移ったのか分かりませんが、視点がいい句です。
草紅葉風に吹かれてどこに行く
前橋駒形小6年 柴崎 達哉
【評】草紅葉は風に吹かれて飛んで行きませんから、風に吹かれてどこかへ行くのは、草紅葉の道を歩いている人です。寂しい感じがします。
私の手きのこの香りがよってくる
下仁田小坂小6年 松本 美咲
【評】「よってくる」がおもしろい。キノコを持って匂いが移ったのでしょうか。キノコの匂いに対する感覚的なものでしょうか。
暗い道犬といっしょに家帰る
高崎城山小6年 有阪 美沙
【評】犬との散歩も、日暮れの早い秋では暗くなってしまいます。暗さが犬との絆(きずな)を強く感じさせるのでしょう。「いっしょに」がいい。
紅葉狩風を追いかけ家帰る
高崎中尾中1年 飯田 卓也
【評】「風を追いかけ」がうまい。山を下る夕風が強くなる中家路につくのです。美しい紅葉が残像となって脳裏に残っていることでしょう。
日曜日練習試合の秋の雲
高崎中尾中1年 堀田 凌司
【評】サッカーか野球かテニスか、ともかく屋外の部活です。練習試合で休みがなくなった複雑な思いが「秋の雲」に重ねられています。
自転車に乗せたみかんが甘くなる
高崎中尾中1年 竹川香沙里
【評】ミカンはもむと甘くなるというテレビ番組を見た記憶がありますが、自転車での真偽のほどは不明。しかし、独創的な発想はいい。
秋の空絵の具をたくさん使ってる
渋川小野上中1年 佐藤 千栄
【評】秋の写生大会でしょう。たくさんの絵の具は紅葉を描くのに使ったとも考えられますが、秋の空の表情を深く描くためとも考えられます。
キンモクセイ夕焼け小焼けと歌ってる
渋川小野上中2年 斉藤 結衣
【評】キンモクセイを通る子どもの歌とも、キンモクセイが歌っているようだともとれます。俳句的解釈では前者ですが、後者もおもしろい。
教室に一つ残るは丸磁石
渋川小野上中2年 佐藤智菜津
【評】黒板の展示用の磁石。「一つ残るは」で、作者の孤独感と重ね合わされています。自分の姿を磁石を借りて見ているのです。
くものすが光って見える秋の空
渋川小野上中2年 青木 里穂
【評】これは空中高く張られたクモの巣。下から振り仰いでいます。日の光に照らされることで輝き、発見されています。視点のよい句です。
制服の重さ感じる先負かな
渋川小野上中2年 樋田 真季
【評】朝の登校の感慨。いつになく重く感じる制服を「先負」に寄せて理解してみせるのです。もちろん、原因は他にあることも知っています。
秋晴れはガラスごしにも暖かい
渋川小野上中2年 唐澤 達也
【評】風のないガラス越しの秋の室内は思いのほか暖かいものです。ガラス越しだからこそ暖かいのですが、それを逆説表現で強調しています。
秋がきて夕日が真っ赤に変わりけり
渋川小野上中2年 野村 悠人
【評】日暮れが早くなる秋は、夕日に接する機会が多くなります。「夕日が真っ赤に変わりけり」には、そんな私たちの視線が描かれています。
どんぐりを拾ってくるなとおこる母
渋川小野上中2年 野村 千夏
【評】ポケットに残っていて、洗濯の妨げになるからでしょう。小学校の思い出かもしれませんが、これこそ生活の中の季節の発見です。
自転車で桜道を登校す
群馬大附中3年 井上 昇子
【評】「自転車で」がポイント。歩く速さと違う桜の風景です。あるいは自転車通学を始めた一年生がモデルなのかもしれません。
自転車に乗らぬ者の見る秋日
前橋木瀬中3年 塚本 隆弘
【評】作者は徒歩通学なのでしょう。それゆえに帰り道は、秋の日をじっくり見ながら帰れるのです。自転車で見えないものが見えるのです。