鈴木伸一選

2008年3月5日上毛新聞掲載


おじいちゃん桜もち食べほほえんだ
高崎堤ヶ岡小5年 飯塚美沙輝
【評】おじいちゃんが幸せそうにほほえんだのは、桜もちがおいしかったというだけでなく、孫の飯塚さんといっしょだったからでしょうね。
体育館緑の屋根にボールある
前橋駒形小5年 新里  謙
【評】体育館の緑色の屋根に、だれかが投げ上げたか蹴(け)り上げたかしたボールが乗っています。それだけなのに、なぜか印象に残る光景です。
秋風が魚の口に食べられた
前橋駒形小6年 柴崎 達哉
【評】ちょっと不思議な感じのする句ですが、たとえば池で大きなコイが、ぱくりと口を開けている情景などを思い浮かべればいいでしょう。
家の前春風はいるモグラ穴
前橋山王小6年 伊藤 麻衣
【評】私もずいぶん長い間、モグラを見ていませんが、伊藤さんの家のまわりには、まだいるんですね。「春風はいる」が、おもしろい見方。
寒い日も夕日に向かう帰り道
前橋大胡小6年 加藤ひかり
【評】寒い冬の帰り道も、大きな夕日に向かって歩いてゆくと思えば、自然とあたたかな気分になります。俳句には、こういう感じ方が大事。
雪が降り家の畑は雪畑
高崎城山小6年 丸山 龍平
【評】積もった雪を、まるで畑の作物みたいに表現したのが楽しいですね。丸山君にとって、雪は自然からの一番の贈り物に違いありません。
春風に吹かれて心が透き通る
高崎中尾中1年 大嶋 優花
【評】そよ吹く春風のやさしい肌ざわりに、心の中が洗われてゆく感じ。こんなふうに俳句を通し、自分の内面を見つめることも大事です。
少しずつ仲間を増やす春の雲
高崎中尾中1年 塚越瑛理香
【評】春の空に浮かぶ雲が少しずつ増えてきたのを、「仲間を増やす」と表現。塚越さんにも、こんな感じで友だちが増えてきたのでしょう。
春の空風が吹いてもサーブ打つ
高崎中尾中1年 冨岡  望
【評】冨岡さんは、テニス部員でしょうか。少し強めの風ぐらいはものともせず練習に打ち込んでいる様子が、元気はつらつでいいですね。
寒い夜家をうかがうねこがいる
渋川小野上中2年 飯塚 一樹
【評】のら猫かな、と思いますが、用心深く家の中をうかがっているさまが、ぱっと目に浮かびます。いかにも寒い冬の夜という感じです。
雪どけの水がまぶしい窓の外
渋川小野上中2年 唐沢 達也
【評】家のそばを流れる川を、窓から眺めているのでしょうか。雪解けで水量の増えた川は躍動感にあふれ、いつもより輝いて見えるのです。
春一番こたつの中から脱皮する
安中松井田東中2年 堀口  拓
【評】「脱皮」がおもしろい。寒いうちは、ついこたつに入りがちだった作者も、春の到来を感じ取り、じっとしてはいられないのでしょう。
草餅をたくさん食べる僕の春
下仁田中2年 諸星 俊平
【評】好物の草もちをたらふく食べることで、春という季節を実感している諸星君。「僕の」と表現して、その実感をさらに強めています。
寒い朝グラデーションの青をぬる
中之条中3年 畔上あゆみ
【評】冬の朝のイメージには、やはり青などの寒色が似合っています。その青にも微妙な色合いの差があるというのが、なかなか繊細な感覚。
のど飴が口でスースーさむい冬
中之条中3年 荒木 愛海
【評】のど飴あめを口に含んだときの感触と、まわりの空気の冷たさが重なり、寒さがより一層身にしみてきます。気分はすっきりしますけどね。
右目だけ寒さでこおった金曜日
中之条中3年 篠原 和也
【評】「右目だけ」という断定に、かなりインパクトがあります。どのような情景かは分かりませんが、猛烈な寒さは確かに伝わってきます。
水たまり春風吹いて笑ってる
中之条中3年 関 万葉子
【評】春風が吹いて水たまりの表面が小さく揺れているのを、「笑ってる」と表現。同時に、作者の顔にも笑みが浮かんでいたことでしょう。
猫のひげふわりとゆれて春きたる
中之条中3年 高平 彰子
【評】作者は実際に猫を飼っているか、さもなくば猫好きに違いありません。なにしろ、ひげの微妙な動きまで、つぶさに見ていますものね。
教科書にらくがきしても落ちつかず
中之条中3年 冨沢 詩歩
【評】入試を目前に控え、心の落ち着かない日々。落書きをしても、あまり気晴らしにはなりません。でも、みんな同じようだと思いますよ。
父の背も子どもに戻り野遊びす
中之条中3年 山田 礼子
【評】あたたかな春の日、野に出てのんびりと遊んだのです。気持ちもほがらかになり、お父さんならずとも童心に帰るに違いありません。
通学路春を迎えに歩く今日
六合中3年 山本  葵
【評】作者は進路も決まり、来たるべき希望の春に胸を躍らせているのでしょう。読み手の心の中にも、あたたかな日が差してくるようです。
席がえの残りの数が一回に
前橋木瀬中3年 今村佳那子
【評】卒業まで、あとわずか。クラスの席替えも、次で終わりというのです。さびしいとは書かれていなくても、それは十分に伝わります。