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きん魚草花がいっぱい歌ってる
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高崎城山小5年 山口 歩美
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【評】水槽の中で金魚草が白い花をつけたのでしょう。「いっぱい歌ってる」がいい。花を大切に見ているようすが思い浮かびます。
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桜もちもちからあんこがのぞいてる
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高崎堤ヶ岡小5年 土屋真里奈
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【評】「あんこがのぞいてる」がいい。たしかに最初からあんこが見えているのは珍しい形です。桜もちが不思議な形に見えた視線が貴重です。
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日当たりのいい梅ばかり咲いている
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高崎堤ヶ岡小5年 淡嶋 義弘
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【評】同じ梅の木でも、日当たりのよい枝と日陰の枝では咲き始める時期が違います。「日当たりのいい梅ばかり」はよく観察した結果です。
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桜がねさいてる夢はもう見たよ
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高崎堤ヶ岡小5年 堤 陽香
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【評】桜が咲いていない時期です。まだ桜の花は咲いていないけれど、夢の中ではもう咲いたのを見たのです。花を待つ気持ちの表現です。
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桜の木新学期をむかえる木
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前橋駒形小5年 角田ゆうき
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【評】生徒だけでなく、校庭に植えられた桜の木も「新学期」を迎えるのです。「新学期をむかえる木」という発想がいい。視点のいい句です。
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菫がねあんなところで笑ってる
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前橋大利根小6年 井上 佳菜
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【評】「山路来て何やらゆかしすみれ草」(松尾芭蕉)を思い出させます。「あんなところ」は思わぬところで咲いているさまです。
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通学路なずなささやく別れの日
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前橋大利根小6年 萩原 里沙
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【評】「別れの日」は卒業をさすのでしょう。「なずなささやく」がいい。別れの万感の思いで、ささやかな春の花を愛おしんでいるのです。
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桜さく新学期には風あまし
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榛東南小6年 後閑 栄利
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【評】新学期前の想像です。桜の花が咲く新学期には、花の香りを乗せた風も甘くなっていると思うのです。新学期への期待も込めています。
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卒業のにおいを春風のせてくる
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前橋粕川小6年 櫻井 愛紗
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【評】春風を感じることが、卒業が近いことを感じることにつながっています。「卒業のにおい」は、巧みな表現です。
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ふらここの座る所に砂かかる
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高崎中尾中1年 平山 みか
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【評】「ふらここ」はブランコのこと。春の季語です。ブランコにうっすら積もった砂。風が舞い上げた砂か黄砂が積もったものでしょう。
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風船の下に笑顔が咲いている
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高崎中尾中1年 木村 音哉
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【評】風船を持った子ども。その下ににこにこ顔があるのです。笑顔を「咲いている」と書いて、笑顔の明るさを表現しています。
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木の芽時一本道を姉と行く
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高崎中尾中1年 後藤 瑞穂
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【評】なぜ「一本道を姉と行く」のか分かりません。ただ、早春の「木の芽時」の中をゆくことで、二人に輝かしい内面が宿って見えます。
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青麦が私の鼻唄聞いている
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高崎中尾中1年 広橋 奈未
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【評】青麦畑を鼻歌まじりに歩いていたか、自転車をこいだのです。誰にも聞かれていない安心感からです。それを愉快な表現にしました。
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雛祭り祖母の臭いが蘇る
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高崎中尾中1年 益井 静花
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【評】雛祭(ひなまつ)りのお雛様は、おばあさんに買ってもらったものなのでしょう。お雛様を飾るとおばあさんの思い出と記憶が蘇(よみがえ)るのです。
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白猫や春来る風を感じたか
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六合中2年 市川 昌樹
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【評】「春来る風を感じたか」という呼びかけは、寒がりの猫の動きが違って見えてきたからでしょう。「白」も春らしく思えて効果的。
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中学で最後の俳句をかいた今日
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中之条中3年 青柳 佑弥
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【評】俳句を書く最後の授業。三年間続けてきた感慨が胸に迫ります。「今日」を結語にした「最後の俳句をかいた今日」が巧みな表現です。
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