鈴木伸一選

2008年5月21日上毛新聞掲載


大けやきわかばかおるねさんかん日
前橋大胡小5年 遠江 成巳
【評】授業参観でドキドキする、といった作品が多い中、この句はまったく違う視点で描いています。とてもさわやかな感じで、いいですね。
ポニーのねせなかにのると風になる
高崎城山小5年 目崎 真平
【評】ポニーは小さな馬だけど、それでも背中に乗ると、何だか気持ちがいいですね。「風になる」という表現に、それがよく出ています。
こいのぼり帰ってきたらおよいでた
前橋山王小5年 松本  舞
【評】朝は風がなくてだらりとしていたこいのぼりが、学校から帰ってきたら、いきおいよく泳いでいたのです。何だかうれしくなりますね。
さくら見てしみじみ思う村の春
榛東北小5年 長崎 円香
【評】「しみじみ思う」というちょっと大人びた表現が、印象に残りました。町場にはない、ひなびた美しさが、桜にも感じられるようです。
ふきのとう毎年ふえる大家族
富岡額部小5年 佐藤 里紗
【評】フキノトウが、今年もたくさん生(は)えたのです。それを「大家族」と表現したのでしょうが、同時に佐藤家のこととも思えるのが楽しい。
一年生桜がほおに反射した
前橋新田小6年 根津 奈於
【評】小さな子のほおはピンク色をしていて、見るからにかわいらしいですよね。満開の桜の下であれば、その色も一段と印象的でしょう。
あそこにもそこにもここにもすみれ草
邑楽長柄小6年 根岸 春奈
【評】ちょっと離れた場所が「あそこ」。少し近くなると「そこ」。目の前は「ここ」。スミレを見る目線の移動を、うまく表現しています。
桜まう新しい友と語り合う
中之条中1年 畔上みゆき
【評】中学校生活が始まり、新しい友だちもできました。桜が舞い散る中でどんなことを語り合ったのか、いろいろと想像が広がりますね。
お風呂では毎日歌う校歌かな
中之条中1年 斉藤 有希
【評】中学生になって、校歌も新しく覚えなければなりません。でも、こんなふうに気持ちよく歌っていれば、自然と覚えてしまうでしょう。
宿題の俳句になやむ春の夜
中之条中1年 島田  樹
【評】「なやむ」と言いながらも、どうしてどうして、ちゃんと俳句が書けていますよ。俳句の題材は、どこにでもあるということですね。
田の水もカエルの声も満ちあふれ
中之条中1年 矢尾板翔奈
【評】田植えどきになると、驚くほどたくさんのカエルが鳴き始めます。「満ちあふれ」によって、豊かな自然の量感がよく伝わってきます。
かくれんぼ桜の中に飛び込むよ
渋川小野上中1年 飯塚 佑伊
【評】満開の桜には、現実離れした不思議な気配(けはい)が漂います。そこに飛び込んだら、何だか自分が桜と同化してしまうような感じすらします。
快音の響く球場春の山
渋川小野上中3年 黒尾 慶太
【評】春の山の明るい印象を言う季語に「山笑う」がありますが、この句は、ぴったりという感じ。作者のバッティングも好調そうですね。
新緑が絵の具をたらしにじむかな
渋川小野上中3年 野村 千夏
【評】新緑鮮やかな初夏になると、「山笑う」は「山滴(したた)る」に変わります。雨にぬれた緑などは、まさに絵の具をたらしたようですものね。
東風吹いて母が出てきたベランダに
高崎中尾中2年 飯田 卓也
【評】「東風(こち)」は古くから春を告げる風として、多くの詩歌に詠まれてきました。お母さんも、春の予感に何となく心が弾んだのでしょうか。
菜種梅雨ぬれたくつしたくつの中
高崎中尾中2年 小林 健太
【評】菜の花の盛りのころに降る雨を、「菜種梅雨(なたねづゆ)」と言います。私も身に覚えがありますが、靴下がぬれるのは、何だか不快なものですね。
夏近く虫が目の前飛んでいく
前橋木瀬中2年 井田 悠介
【評】不意に目の前を飛ぶ虫。驚いたことでしょうが、作者はその瞬間、近づく夏も実感したのです。こうした瞬間的把握が、俳句には重要。
晴れてればプール掃除が始まるよ
前橋木瀬中2年 一場 加衣
【評】プール掃除が始まると、いよいよ夏がやって来ます。学校生活の一こまを軽く描きながら、作者の心の弾みはしっかりと伝えています。
桜咲く始めと終りで揺れてる心
安中松井田東中3年 須藤 美季
【評】桜は、私たちの心を揺らす不思議な力を秘めています。若い須藤さんにも、それを感じ取る伝統的心性は受け継がれているようです。