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五月には教室いっぱいみんなの絵
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前橋駒形小5年 岡田 莉緒
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【評】教室からあふれ出るほどの色とりどりの絵が、生き生きとした五月にぴったり。学校生活の中に、しっかりと季節感をとらえました。
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春風におされているよ一年生
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前橋駒形小5年 小泉 和照
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【評】春の強風に、小さな一年生が飛ばされちゃいそうに見えたのかな。おだやかな風に後押しされて、一年生がやって来たという感じかな。
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えんぴつに力をこめてテストする
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前橋駒形小5年 細谷 可夏
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【評】身も心も引きしまるような感じが、「力をこめて」という表現から、とてもよく伝わってきます。私の背すじも、思わず伸びたみたい。
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夏の青水平線がよこぎるよ
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高崎堤ケ岡小5年 春原 美咲
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【評】空の青と海の青。そして、その真ん中を横切る水平線。じっと見ていると、自分のからだまで青く染まってくるような感じがします。
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チューリップありがのぼってくすぐったい
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高崎堤ケ岡小5年 渡辺 千夏
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【評】想像力によって、私たちはいろんなものに変身できます。チューリップに変身した渡辺さんのくすぐったそうな様子が、楽しいですね。
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あめんぼがプールにはねてもう暑い
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前橋大胡小5年 石井 晴菜
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【評】そうじをする前のプールでしょうが、何匹ものアメンボが、水面を軽やかに泳いでいます。「もう」の一言が、とても実感豊かです。
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そうじして心もプールもかがやいた
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前橋大胡小6年 三浦 萌花
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【評】プールそうじを終えた後のすがすがしい心持ちが素直に表現されており、好感が持てます。プール開きが、今から待ち遠しいですね。
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春の雨野球のグランドふりつづく
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前橋大胡小6年 茂木 康平
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【評】春の長雨に、どこもかしこもずぶぬれ。でも、野球好きの茂木君には、何だかグラウンドにばかり降っているような感じがするのです。
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校庭はみんなの声をはずませる
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前橋粕川小6年 遠藤 美穂
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【評】みんなの楽しげな声が校庭にはずむと、その楽しさが何倍にもふくらむような気がします。校庭には、そんな不思議な力があるみたい。
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水たまり春の光が降り注ぐ
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高崎金古南小6年 藤田 優香
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【評】雨上がりの日ざしが、水たまりをきらきらと輝かせます。心がほっとする情景だと感じるのは、「春」という季節だからこそでしょう。
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蟻いそぐ間もなく雨が降る予感
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中之条中1年 石川 翼
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【評】雨になる前というのは、空気も普段とは違うにおいがするようです。アリは人間より遥かに敏感に、それを察知しているのでしょう。
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春の風心で音を聴いた空
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中之条中1年 小池 美紀
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【評】見えないものに目を凝らす。聴こえない音に耳を澄ます。忙しい毎日の中で一番忘れがちな、でも一番大切な感覚なのかもしれません。
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授業中開いたノートに夏の日ざし
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中之条中1年 山崎 奈央
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【評】ノートに落ちた日ざしが、だいぶ夏めいてきた感じなのです。学校生活を通してとらえた季節感なので、読み手も素直に納得できます。
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今はなき鉄路を歩く初夏の山
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高崎中尾中2年 田村 豪
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【評】松井田の信越線「碓氷第三橋梁(めがね橋)」などを思い出しました。大人顔負けの言葉づかいで表現された、堂々たる風格の俳句。
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夕焼けを追いかけ走る陸上部
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前橋木瀬中2年 手島優理子
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【評】私も中学のときは陸上部にいましたので、この句は実感として理解できます。もっとも、それを俳句にできる力はありませんでしたが。
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菜の花は幸せそうな黄色だな
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前橋木瀬中2年 外丸 翔悟
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【評】菜の花の黄色が目に浮かび、作者の思いが、私の胸にもしみじみと感じられてきます。ささやかな幸せこそが、何よりも大切な宝です。
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晴天のプール清掃夏香る
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渋川小野上中3年 今井 久実
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【評】伸びやかな感覚で表現された、明朗快活な作品。類想句はありそうですが、若々しさの魅力が、それを補って余りあるという印象です。
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そうじして大空広がるプールかな
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渋川小野上中3年 野村 千夏
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【評】プール掃除後のすがすがしさが、空を一段と広く感じさせたのでしょうね。この句にも伸びやかな若さがみなぎり、好感が持てます。
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母の日に父に頼んだカーネーション
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渋川小野上中3年 平方 早紀
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【評】お母さんに渡すカーネーションを、お父さんに買ってきてもらったというわけです。ユーモラスながら、家族愛はちゃんとあります。
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