林桂選

2008年6月11日上毛新聞掲載


夕焼けの下でせおよぎしたいなぁ
片品武尊根小5年 星野 紗穂
【評】空一面の美しい夕焼けを振りかぶるようにして見てみたいというのです。だた見るだけでなく「せおよぎ」しながらというのがおもしろい。
武尊山たねまきばあさんたねまいた
片品武尊根小5年 井上 光美
【評】山の残雪の形を見て、農作業を始める時期を決める慣習があります。「たねまきばあさん」は、武尊山の残雪の形の一つでしょうか。
妹がばばを入れたら泣いちゃった
高崎城山小5年 吉田 亜衣
【評】トランプのババ抜きゲームをしているのです。幼い妹さんは、手元にババが配られただけで泣きだしてしまったのです。
はかまいりひいじいちゃん元気かな
前橋大胡小5年 遠江 成巳
【評】亡くなったひいおじいさん。あの世での健康を気づかう「元気かな」に心うたれます。生きていたときと同じ心配をしているのです。
アリの巣でみこしのようにえさ運ぶ
前橋大胡小5年 榎戸 真弓
【評】アリがエサを運ぶ姿を「みこしのように」で表現しました。ささげ持つように運んでいる姿が、みこしを担いでいるように見えたのです。
れんきゅうでさいもいっしょにねむってる
前橋大胡小5年 さいとう大ち
【評】ゴールデンウイークに動物園に行ったのでしょう。サイは眠ったままで動こうとしないのです。サイもお休みの日だという発想が愉快。
風の盆歴史の風を身にまとい
前橋山王小6年 栗原 有加
【評】「前橋市内の特別公演を見て」と注記がありました。風の盆は三百年の歴史があり、本来は富山県八尾で、九月に行われるものです。
どろのうえ足のうらがおどりだす
前橋大胡小6年 大畠 舞華
【評】田植えでしょうか。はだしで泥を踏んだときの感覚を「足のうらがおどりだす」と表現。ぬるっとした感じをうまく表現しています。
チューリップゆれて私も12歳
前橋粕川小6年 中谷  桜
【評】自分で自分をお祝いする気持ちをうたった自祝の句です。「チューリップゆれて」は、自分を祝う気持ちが見つけた美しさです。
たんぽぽの種は小さな竹とんぼ
前橋粕川小6年 新海 香菜
【評】綿毛がついたタンポポの種のようすを「竹とんぼ」にたとえました。形だけでなく、飛ぶということでも似ています。おもしろい。
青空の光を体に貯金する
前橋桃川小6年 新家 桃子
【評】「貯金する」がおもしろい。日光浴で太陽のエネルギーを体いっぱいに受けて、元気になっているイメージです。
マラソンのつかれをいやす若葉風
中之条中1年 島田  樹
【評】マラソンを走り終えて火照(ほて)った体を、若葉の風に任せての休息。しばし、走り終えた満足感と疲れの中にいます。心地よい風です。
雨上がりにじが空へ駆け上がる
中之条中1年 広川 隆一
【評】「駆け上がる」がおもしろい。「虹」は虫偏(へん)が示すように、龍の一種と考えられていましたから、不思議な感覚ではありません。
祖父が言う「田植えのくつをぬがして」と
中之条中1年 小渕 玲奈
【評】田植え用のゴム長靴は、はくのも大変ですが、汗で蒸れた後の脱ぐときの方がもっと大変。人の手を借りないと脱げないほどなのです。
山笑うほほえみ返す向かい山
高崎中尾中2年 中嶋 亜利香
【評】「山笑う」は春の季語。一斉に春を迎えた山のにぎわいを「ほほえみ返す向かい山」で表現しています。どの山も春なのです。
風船があらたな出会いみつけたり
高崎中尾中2年 広橋 奈未
【評】風船は宣伝用に街頭で子どもに配られることが多いので、そのような一場面を考えればよいのでしょうか。視点がおもしろい。
風の中風船だけが遊んでる
高崎中尾中2年 岡野 千春
【評】糸を付けられ中空に浮かんでいる風船。風に吹かれて大きくゆれているのでしょう。「風船だけが遊んでる」の見立てのよさ。
井野駅に遠足の子が見えている
高崎中尾中2年 今井 寛弥
【評】「遠足の列大丸の中通る」(田川飛旅子)という句を思い出します。思わぬところに現れて、圧倒的な存在感を示す遠足の列です。
夏休み風とぼくとの話し合い
高崎中尾中2年 瀬尾 祐貴
【評】「風とぼくとの話し合い」に込められた思いには簡単にたどり着けそうもありませんが、どこか自立した孤独の影が感じられます。
家の犬ムダな体力使いすぎ
渋川小野上中2年 新井 哲弥
【評】全身を使って走ったり、喜びを表したり。はしゃぎすぎにも見える犬のようすを、おもしろい視点で表現しています。