林桂選

2008年8月6日上毛新聞掲載


きみのこえきこえてくるよ夏の空
前橋駒形小5年 岩下実那美
【評】「夏の空」は、海や山などの開放的な空間にいることを伝えます。いつもより大きな声で話している「君」の心も開放されています。
水中は青くかがやき人をよぶ
前橋大胡東小5年 下境 千晶
【評】プールか海でしょう。青い輝きに引かれて入りたいと思います。それを「水中」を人にたとえて表現して「人をよぶ」といったのです。
夏の雨プールは中止でもいいや
高崎金古南小5年 中村 香奈
【評】「中止でもいいや」という少し投げやりな言い方がおもしろい。中止でも仕方がないと納得がいくほどの雨が降ってきたのでしょうね。
ねじ花や太陽の光まっている
前橋桃瀬小5年 黒沢 月乃
【評】小さなネジバナを「太陽の光まっている」と大きな景色として詠んでいます。日当たりの良い芝地に咲く花のようすも感じられます。
どろの中笛がうまってにぎやかだ
前橋桃瀬小5年 小渕 和泉
【評】田植えです。泥の中に埋まっている笛とは、足がはまって抜くときに出す音のたとえ表現のようです。大人数なのでにぎやかです。
田植えしてつめのあいだにどろ入る
前橋桃瀬小5年 田村 友靖
【評】つめの間に入った泥はなかなか落ちません。田植えの大変さを、つめの間に入った泥に焦点を当てて表現して巧みです。
しゃぼん玉夢の中まで飛んで行く
高崎堤ケ岡小5年 春原 美咲
【評】高く飛んでも遠くとんでも現実世界の範囲ですが、「夢の中」は異空間世界。しゃぼん玉が夢のような存在であることに気づかされます。
桜の木春がくるまでがまんする
前橋大胡小6年 斎藤 大貴
【評】何を我慢しているのかと言えば、冬の寒さであり、花を咲かせることをです。我慢があってこそ美しい花が咲くのだと考えられます。
ジリジリと太陽真下で泳いでる
前橋駒形小6年 高橋  南
【評】夏の太陽を浴びて泳いでいる実感を「ジリジリと」「真下で」に表現しています。暑いときはどこでも太陽の真下になるのです。
いねをみてまっすぐならんだ一年生
前橋大室小6年 森田 真奈
【評】一列に並んだ田んぼの苗は、一年生が一列にならんでいるようだというのでしょう。緊張して並んで列を乱す子どもはいません。
雨あとの夕日に燃える赤いバラ
前橋木瀬中2年 大島 衿佳
【評】雨に潤んだ赤いバラの花が、夕焼けで一層赤くなります。「夕日に燃える」の誇張表現がポイント。同じ花でも美しい瞬間が違います。
先生の青色の服涼しげに
渋川小野上中2年 村上 千織
【評】先生の服がブルーに変わったのです。「涼しげに」がいい。夏服は涼しいだけでなく、涼しい感じを見た人に与えるものなのです。
先生がキンカン持って歩いてる
渋川小野上中2年 新井 哲弥
【評】このキンカンは果実ではなく虫さされ用の薬でしょう。自分用というよりは、屋外で部活動をする生徒用なのかもしれません。
前髪を上げて受験に励む夏
渋川小野上中3年 佐藤智菜津
【評】「前髪を上げて」に決意の気持ちがこもります。ヘアピンでしっかり止めて、前髪が視界の邪魔にならないようにして、さあ勉強。
遠い道京都はすでに夏の風
前橋広瀬中3年 笹治 大介
【評】修学旅行で訪れたのは春から夏への境目だったのでしょう。京都に吹く風に群馬にはない夏の風を感じて「遠い道」を実感します。