鈴木伸一選

2009年8月26日上毛新聞掲載


疲れ果てにぶい刺激のラムネ飲む
前橋西高1年 千木良夏希
【評】心身共に疲れてしまい、刺激への反応が鈍ってしまったよう。夏の終わりごろ特有の倦怠(けんたい)感が伝わってきます。
何思う真昼の二匹の金魚たち
前橋西高1年 牧 侑麗奈(ゆりな)
【評】暑い盛りにゆらゆらとのん気そうに泳ぐ金魚への問いかけは、所在ない自分の心への問いかけでもあるでしょう。
蜘蛛の巣に蝉の片羽原爆忌
新島学園高2年 上原  茜
【評】クモの巣に引っかかったセミの片羽。その無残なさまを描くことで、作者は原爆のむごさを告発しているのです。
ソーダ水細胞までもいきわたる
前橋西高1年 飯坂 秀美
陽が沈み夏の終わりを感じたり
前橋西高1年 近藤あかり
海の家ねそべる体は水平線
前橋西高1年 高橋佑一郎
古い家ぎしぎしの花みたいだね
前橋西高1年 堤  大地

【総評】俳句には「発見」が大切だと、たびたびお話ししてきました。ただ、ここで言う発見とは特別なものではなく、ずっと身近なこと。自分のまわりをもう一度見直して、今まで気がつかないでいたものに気づく。そんな、だれにでもできることです。例えば以前、「しゃぼん玉ちきゅうみたいにういている」(小2・星野麻衣子)という句が投稿されました。今も強く印象に残っている作品ですが、星野さんはこの句を作る前に、宇宙のことを図鑑などで読んでいたのではないでしょうか。地球は太陽系第三惑星として宇宙空間に浮かんでいるということをしっていたから、しゃぼん玉を見たときに、「あっ、
地球に似ている!」とすかさず思えたのでしょう。こんなところに、「発見」のヒントがあるようです。