| 鈴木伸一選 |
2010年7月27日上毛新聞掲載
| 扇風機首を振らない暑さかな | |
| 中之条高2年 黒尾 慶太 | |
【総評】俳句は五七五の形で季語が入って、というのがごく一般的な理解の仕方でしょう。しかし、実際は俳句に対する考え方もさまざまであり、それぞれの考え方にもとづいて多種多様な俳句が生み出されています。季語のない「無季俳句」もそうですが、五七五という型にこだわらず、もっと自由に自分の気持ちを表現しようという考え方もあり、こうした考え方によって書かれたものを、「自由律りつ(じゆうりつ)俳句」と呼びます。「せきをしてもひとり」「街の騒音から太陽が沈もうとする大きいしじまだ」1句目は初期自由律俳句のすぐれた書き手であった尾崎放ほうさい哉(おざきほうさい・1885〜1926)の作ですが、たったの9音しかありません。反対に2句目は29音もあり、ほとんど短歌に近い長さです。作者の橋本夢むどう道(はしもとむどう・1903〜1974)は、労働者や貧しい人々を温かいまなざしで描いた俳人でした。いずれにせよ、この2句を見ると、これで本当に俳句なの? と思う人がいるかもしれません。でも、よく読んでみてください。「せきを/しても/ひとり」「街の騒音から/太陽が沈もうとする/大きいしじまだ」というふうに、それぞれ3つの音節(おんせつ)に分かれていますね。この3音節は、俳句の最も基本的な形です。つまり、言葉の長い短いはあっても、全体のリズムは俳句の形をしっかりと踏まえているわけです。一口に俳句と言っても、このようにさまざまな表現の方法があるのです。ただし、はじめのうちは俳句の基本リズムをしっかりと身につけるため、できるだけ五七五の形におさめるよう心がけましょう。 | |