鈴木伸一選

2010年9月7日上毛新聞掲載


花火より声が大きい弟は
前橋山王小5年 武藤 早那(はやな)
【評】打ち上げ花火の音よりも大きいというのですから、弟さんは相当な大声の持ちぬし。ゆかいで印象に残る句です。
夏の海キラキラ光る船もある
片品小5年 星野 朱音
【評】「船も」の「も」は、他にも輝いているものがあるということをあらわしています。星野さんの心も、その一つ。
自転車の前を横切る夏の蝶
前橋大胡小6年 小林亜理紗
【評】走る自転車の前を、さっと横切った夏の蝶(ちょう)。その一瞬を逃さずに書きとめられた、とても印象あざやかな句です。
風がまうひぐらしのなく森の中
前橋細井小6年 醍醐 里奈
【評】夏の終わりを告げるかのように鳴くヒグラシ。醍醐さんの心の中にも、どこかさびしい風がふいているようです。
秋の風大仏の前通りすぎ
榛東南小6年 原  幸也
【評】鎌倉の大仏でしょうね。その前を通り過ぎて行ったのが、秋の風とも作者とも読めるのが俳句のおもしろさです。
宇治川を下る船人夏の風
前橋南橘中3年 兼松 知生
【評】修学旅行俳句としては、かなりよく書けています。固有名詞の「宇治川」が効いており、情景も鮮明に見えます。
水芭蕉中には黄色い仏様
みなかみ水上小5年 松田有紀子
日焼けして夏の思いできざんだよ
前橋大胡小5年 吉原 瑞季
ニュース見る暑さのことしかやってない
前橋大胡小6年 須藤 風花
夏野菜太陽パワーあびている
前橋大胡小6年 山口香織理
海の旅船のうしろに白い道
前橋山王小6年 大山 真生(まい)
渋滞中木のかげ花火がちらついた
前橋山王小6年 渡辺 智也
暑い夏雲もぐったりゆっくりと
前橋広瀬小6年 山本 勇斗
ひまわりが横に一列せいくらべ
前橋大胡東小6年 今井 武史
ひまわりは昼はかがやき夜は消え
前橋粕川小6年 栗原啓由樹
田植え完了かえるの合唱始まりだ
高崎馬庭小6年 森橋 義基(よしき)
花火手に兄と友達はしゃいでる
榛東南小6年 坂庭 菜穂
熱帯夜どこをむいても寝苦しい
榛東南小6年 笹沢 智貴
勉強中あみ戸についてる虫がいる
渋川小野上中2年 新井 航大
眠れずに星座を探す熱帯夜
渋川小野上中3年 野村 聡太
かたつむりひかる宝石背にのせて
前橋南橘中3年 高橋 瑞穂

【総評】前回に説明した通り、俳句は江戸時代には俳諧(はいかい)と呼ばれていました。この言葉は「こっけい」とか「おもしろ味」とかいった意味で、そもそもは室町時代から江戸時代にかけて盛んに作られた連歌(れんが)で使われていたのです。連歌は、上(かみ)の句(五七五)と下(しも)の句(七七)を、それぞれ別の作者が作る歌です。連歌は優雅な美の世界を目指すものでしたが、やがて本来の道からそれて、こっけいな言葉の遊びとなってゆき、これが俳諧と呼ばれたのです。また、上の句の五七五がしだいに独立して鑑賞されるようになってゆき、今の俳句のもとになりました。この独立したかたちのものを、「俳諧の発句(ほっく)」と呼んだりします。こうして、日常に使われる言葉で自由に表現する俳諧は、江戸時代に入ると大流行しました。有名な松尾芭蕉(1644〜1694年)は、ちょうどそのころ登場した人です。芭蕉は単なる言葉の遊びではなく、俳諧を通して人生を深く考え、それを簡潔な言葉で表現しようとしました。このようにして作られた句のかたちを「蕉風(しょうふう)」と言い、蕉風によって俳諧は高い芸術性を持つようになったのでした。