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がんを知る

乳がん
群馬大学大学院臓器病態外科学(第二外科)
講師 堀口 淳


堀口淳

はじめに
  日本人の乳がんは、欧米人に比べてその頻度は少ないと言われています。しかし、患者数は年々増加し、一九九八年には胃がんを抜いて女性の最も多いがんとなりました。毎年四万人近い女性が乳がんにかかっており、特に仕事や子育てに忙しい四十歳代の女性が乳がんに最もかかりやすいというのが大きな問題です。平成十三年に乳がんで亡くなった女性は一万人弱で、その半数は三十歳代から五十歳代で占められていました。乳がんは早期に発見して適切な治療を行えば、十分に治る病気です。また、新しい抗がん剤が開発され、進行乳がんでも長期間コントロールできるようになりました。今回は、乳房に異常を自覚した人や乳がん検診などで精密検査が必要とされた人がどのような検査を受け、乳がんと診断された場合にはどのように治療を行うのかを中心にして、乳がんについてわかりやすく解説します。

乳がんの診断から治療までの流れ

診断から治療までの流れ(図1)
【自覚症状にはどんなものがあるか?】
  乳がんが疑われる自覚症状としては腫瘤(しこり)を触知することが最も多く、それ以外では、乳頭からの分泌物、乳房の皮膚のひきつれ、腋窩(脇の下)リンパ節腫大などがあります。乳房の痛みを訴えて来院される方が多くみられますが、乳房の痛みは直接乳がんと関係ないことが多く、乳腺症と呼ばれる乳腺の変化に伴う症状のことがほとんどです。乳房の変形やひきつれは腫瘤を触れなくても、がんが奥に隠れていることがあります。脂肪を巻き込むように増殖してゆく乳がんでは、硬い腫瘤は触れずに、皮膚の変化が前面に出てきます。乳頭分泌液にはいろいろな種類があります。授乳中の乳汁は正常であり、それ以外の分泌物が異常ということになります。乳汁様の液や透明から黄色い液も良性のことが多く、血性の分泌物が最もがんを疑う所見です。腋窩のリンパ節腫大は腕の外傷などでも起こり、必ずしも乳がんとは考えられません。しかし、乳房に腫瘤を触れないのに、リンパ節転移をした乳がん細胞が増殖して、腋窩のリンパ節転移で発見されることもあります。

【検診ではどんなことをするのか?】
  検診は視触診だけのものからマンモグラフィ検診、超音波検診などがあります。視触診では見つからない早期の乳がんがありますので、マンモグラフィや超音波検査による検診の方がより精度の高いスクリーニングができます。マンモグラフィ検診では、乳房内に腫瘤があるか、または乳腺内に石灰化があるかを診断します。腫瘤や石灰化の形、また石灰化ではその存在形態により乳がんの危険性が判定できます。カテゴリー1から5までに分類し、1と2は異常なし、3、4、5は精密検査が必要となります。

【精密検査ではどんなことをするのか?】
  自覚症状があるか検診で異常を指摘された人は、乳腺専門医がいる施設に紹介されて精密検査を受けることになります。専門医が再度、視触診、マンモグラフィ、乳腺超音波検査を行い、がんの疑いがあるかどうかを調べます。異常がなければ、定期的な検診で経過観察をすれば良いでしょう。異常が見つかった場合には病理検査が必要です。腫瘤や腫大したリンパ節に対して細胞診、または針生検を行います。乳頭異常分泌では分泌液を採取して細胞検査を行います。小さいために腫瘤を触れない場合には、超音波で確認しながら針を刺して細胞や組織を採取します。マンモグラフィで石灰化だけが認められるような病変や針を刺しても組織や細胞が採取できないような場合には、マンモトームという吸引式の組織生検システムを用いて、広範囲の乳腺組織を採取して診断を得ます。病理検査で良性と診断されれば、腫瘤の切除を行うか、経過観察となります。そのような疾患には、線維腺腫、乳管内乳頭腫、のう胞、葉状腫瘍、乳腺症などがあります。

【がんのステージを決定し、治療方針を決めます】
  病理学的に乳がんと診断された場合には、治療法決定のために、がんの広がりを調べなければなりません。がんが乳房内をどの程度広がっているのか、リンパ節に転移しているのか、遠隔転移(遠くの臓器までがん細胞が広がっている)があるのかなどを調べます。乳房内の広がりは、視触診、マンモグラフィ、超音波検査はもとより、MRI(磁気共鳴装置)を使って乳管の中をがん細胞がどの程度広がっているのか、また小さな多発病変がないかを調べます。リンパ節転移は触診で調べる以外に、超音波検査やCT(コンピューター断層写真)、MRIを用いて調べます。直接リンパ節から細胞を採って、転移があるかどうかを調べることもあります。遠隔転移は通常、骨、肺、胸膜、肝臓などに多く見られるため、CTや骨シンチグラフィを用いて調べます。このような検査から乳がんの病期(ステージ)を決定します。腫瘤の大きさ、リンパ節の転移の有無、遠隔転移の有無により病期は0からW期まで分かれており、そのステージに応じて治療方針が決定されます。比較的早期の乳がん(0期からU期)では一般に手術治療を行い、がんの性格を調べた後に適切な補助療法を行います。V(U)期ではすぐに手術を行うよりも、術前に薬物治療を行い、腫瘤を小さくしてから手術を行います。遠隔転移を伴った進行がんでは薬物療法で全身に広がったがん細胞をコントロールすることが主な治療で、積極的に手術を行うことはありません。

【乳がんの手術はどんなことをするのか?】
  乳がんの手術には乳房切除術と乳房温存手術があります。手術術式は患者さんの希望、がんの進行程度(ステージ)、がんの乳腺内の広がり、がんの存在部位、多発かどうかなどを参考にして決定します。乳房切除術は乳房全部を切除しますが、胸筋は温存するので、なだらかな膨らみは残ります。乳房温存手術は腫瘤から約2離して乳腺を切除するもので、乳房の膨らみは保たれます。乳房温存手術を行う場合には、がん細胞が完全に取り除かれていることを確かめるため、切除した乳腺組織の断端を術中に調べて、がんがないことを確認します。しかし、術中の病理検査は100%確実なものではないので、断端にがん細胞がなかったとしても、術後の詳細な病理検査でがん細胞が予想外に広がっていることがまれにあります。このような時には後日に追加切除をしたり、乳房切除術をやり直したりしなければなりません。完全にがん細胞が切除されていると判断された場合でも、温存した乳房に放射線照射を行うのが一般的です。
 術前検査で腋窩のリンパ節転移がない乳がんに対しては、センチネルリンパ節生検を行い、術中の病理検査で転移がなかった場合には、それ以上のリンパ節郭清は省略し、余分なことはしません。術前にリンパ節転移がないと判断された場合でも、センチネルリンパ節に転移が認められることもあります。そのときは、腋窩のリンパ節を郭清する必要があります。リンパ節郭清を行わなかった場合には術後二〜五日で退院でき、郭清を行った場合でも術後七日前後で退院可能です。

【術後に再発しないようにするにはどうすればよいか】
  手術で切除された乳がんの組織を詳細に調べることにより、がんの生物学的な性格がわかります。その結果をもとに、補助療法をどうすれば良いかが決まります。乳がんの再発の危険度を年齢、腫瘍の大きさ、リンパ節転移の数、がんの核異型度(顔つき)、ホルモン受容体の有無、静脈内にがん細胞があるか、HER2が過剰発現しているか、などで推測できます。低危険群、中危険群、高危険群に分けられ、閉経前か後かで有効な治療法が決まります。最近は新しい抗がん剤が開発され、それらを組み合わせて使うことにより再発の危険を約半分に抑えられることがわかっています。

乳がんには乳管がんと小葉がんがある
  乳房は皮膚、脂肪、乳腺からできています。乳がんが発生するのは乳腺で、乳管または小葉からおこります。ほとんどは乳管からできる乳管がんで、小葉からできる小葉がんは一割未満です。乳がんは乳管や小葉の内腔の細胞から発生して、次第に乳管や小葉を超えて増大していきます。がん細胞が乳管内や小葉のなかに留まっているものを非浸潤がんと呼び、乳管や小葉を超えて増殖するものを浸潤がんと呼びます。非浸潤がんは一般的に転移をしないがんで、手術をすればほぼ100%治るがんです。浸潤がんでは乳管や小葉を破って増殖した乳がん細胞が血管やリンパ管の中に入り込んで、リンパ節転移や全身転移を引き起こす危険があります。

乳房に異常を感じたら何科を受診すれば良いか
  乳房のしこり、くぼみ、痛み、乳頭からの分泌液、腋窩にリンパ節が触れるなどの異常があった場合、できれば乳腺専門医に診てもらうのが良いでしょう。乳腺専門医の診療科は病院によって異なり、外科、乳腺外科、乳腺科、乳腺・内分泌外科などです。放射線科や婦人科でも乳腺疾患を取り扱っている病院(医院)があります。実際に受診するときには、乳腺疾患を診てもらえるかどうかを問い合わせてから受診するようにしましょう。

乳がん検診について
  八九年、法人保健法により乳がん検診が始まり、主に視触診を中心に行われてきました。しかし、視触診では乳管の中だけの非浸潤がんは異常が認められないことがあります。早期乳がんを発見するには視触診だけでは限界があります。昨年、厚生労働省のがん検診に関する検討会では、老人保健事業に基づく乳がん検診の見直しを行い、乳がん検診はマンモグラフィによる検診を原則として、対象年齢は四十歳以上、間隔は二年に一度ということになりました。マンモグラフィでは乳管の中に留まっている段階の乳がんを石灰化という変化で発見でき、また、触らないような腫瘤でも乳腺組織の構造の異常などで発見できることがあります。つまり、マンモグラフィ併用検診で、より早期の乳がんを発見できるのです。
  群馬県では、二〇〇一年度より健康づくり財団と市町村の自治体や医師会を中心にマンモグラフィ併用検診を行っています。同年度には十五市町村で始まり、昨年度には四十五市町村となり、現在はほぼ群馬県全市町村で実施されるようになっています。しかし、実際の検診受診者は対象女性の20〜30%であり、そのうちマンモグラフィ検診を受ける人は15%程度です。欧米の受診率70〜80%と比べるとはるかに低いのが現状です。検診により乳がん死亡率を低下させるためには、対象者の50%以上に検診を受けてもらわなければならず、わが国でもより多くの方が検診を受けられる体制を整えてゆかなければなりません。

がんかどうかを調べる検査
【マンモグラフィ】
  マンモグラフィは乳房をはさんで撮るレントゲン写真で、一般的には左右の乳房とも縦と横にはさんで二枚ずつ撮影します。白い大きな影(陰影)として写る腫瘤(しこり)と白い点状斑として写る石灰化が重要な所見です。腫瘤陰影の形や石灰化の形や分布で良性、悪性を判断します。非浸潤性乳管がんの場合には腫瘤を触れにくいので、乳管の中に蓄積した石灰を見つけることでがんを発見することが可能です。

【超音波検査】
  乳房に超音波をあてて、その反射波を感知して画像にする検査です。乳腺組織の多い女性の腫瘤を見つけるのに有効です。腫瘤の性格(水分を含んだものかどうか)を判断できます。放射線を浴びないので、妊婦にも安全に行えます。また、乳房を圧迫する必要が無いので、マンモグラフィの圧迫に耐えられない人に対しても行えます。

【細胞診】
  腫瘤に細い針を刺して、細胞を吸引して顕微鏡で調べます。のう胞の場合はのう胞液を吸引して、乳頭異常分泌の場合はその分泌物を調べます。

【組織診(針生検、マンモトーム生検)】
  組織診は局所麻酔をしてから行います。針生検では腫瘤に太目の針を刺して組織の一部を採取します。がんかどうかを調べるだけでなく、がんの組織型やその性格までわかります。マンモトーム生検は針生検で採取できないような病変(石灰化や小さな腫瘤)に対して行います。超音波やマンモグラフィで病変部を同定しながら生検します。

乳がんと鑑別しなければならない疾患
【乳腺症】
  女性ホルモンのバランスが崩れることにより乳腺に変化が起こる状態です。乳腺の硬いしこり、腫れや痛みなどが出現します。痛みは月経前に強くなり、月経開始後に弱まります。乳頭から分泌物が出ることもあります。専門医により乳腺症と診断されれば、治療の必要はありません。まれに痛みが強くて、鎮痛剤を必要とすることがあります。

【線維腺腫】
  若い女性にみられるクリッとしたよく動く腫瘤です。マンモグラフィ、超音波検査、細胞診などで線維腺腫と診断されれば、基本的には切除の必要はありません。まれに増大してくることがあり、切除の対象となることもあります。

【乳管内乳頭腫】
  乳管のなかにできる乳頭状(いぼ状)の腫瘍で、通常は腫瘤を触れません。血液状の乳頭分泌液で異常に気づきます。乳管がのう胞状に拡張した場合には、腫瘤として触れることもあります。乳管造影や細胞診で乳管内乳頭腫と診断されれば経過観察をすることもありますが、乳頭分泌は続きます。腫瘍のある乳管を切除すれば確定診断が得られ、乳頭分泌もなくなります。

【葉状腫瘍】
  弾力性のある腫瘤で、急速に大きくなるのが特徴です。線維腺腫と鑑別が難しいことがあります。葉状腫瘍が疑われた場合には、手術により腫瘤を切除します。まれに悪性の葉状腫瘍がありますので、増大してきた場合には早めに治療する必要があります。

【のう胞】
  乳腺症の一症状として、乳腺に水が溜まってくることがあります。それが大きくなると触診やマンモグラフィ、超音波検査でわかるようになります。のう胞の壁やその周りにしこりがなければ、治療の必要はありません。のう胞液の細胞検査を行って、悪性細胞がなければ経過観察で良いでしょう。

一般的でない乳がん
【パジェット病】
  一般的に腫瘤も触れないし、マンモグラフィで石灰化も認められない乳がんです。パジェット病は非浸潤がんと同様に予後の良い乳がんであり、乳頭のびらん(引っかいたような表皮)で発見されます。乳頭の湿疹と間違いやすく、乳頭にびらん様の変化ができたらパジェット病を疑ってみる必要があります。手術により治る率が高い乳がんなので、早期に治療することが重要です。

【炎症性乳がん】
  皮膚の発赤や湿疹様の変化で発見される乳がんです。腫瘤を触れず、皮膚の発赤、または湿疹様の変化だけがみられますが、予後不良の乳がんです。すぐに手術を行うよりも、抗癌剤などの治療を行ってから手術や放射線治療を行った方が再発は少なくなります。

【男子乳がん】
  乳がんは女性だけに起こる病気ではありません。女性の約200分の1の発生率ですが、男性にも乳がんができます。男性は乳がんにはならないと思っているため、多くは進行した状態で病院を受診します。男性の乳がんの性質が悪いわけではないので、異常を感じたらすぐに専門医を受診してください。

乳がんの病期(ステージ)分類

病期(ステージ)について
  乳がんの進行程度を示す分類として、病期(ステージ)があります(表1)。ステージは腫瘍の大きさ(T)、リンパ節転移の状況(N)および遠隔転移(遠い臓器にがん細胞が飛んでいるか)の有無(M)により決定されます。大体の目安としては大きさが2以下でリンパ節転移のないものがT期で、大きさが2.1以上のものがU期となります。非浸潤がんが0期であり、遠隔転移のあるものがW期となります。ステージの進んだものでは再発の危険が高く、T期やU浸潤性乳がん手術後の生存率期のように早期乳がんでは再発の危険は低くなります。群馬大学第二外科で一九八〇年から二〇〇三年に根治手術(がん病巣を完全に切除できたと考えられる手術)を行った乳がん患者さん千六百六十六人の生存率をみると、T期では十年生存率が90%以上であるのに対して、VB期では約50%と良くありません(図2)。

 

乳がんの手術法(図3)
  乳がんの手術を大きく分けると、乳房切除術と乳房温存手術があります。乳房切除術はがんができた乳房をすべて取り除く手術です。以前は大胸筋や小胸筋などの胸の筋肉を合併切除することが多かったのですが、最近は胸筋を温存する乳房切除術が大半を占めます。乳房温存第一外科胃がん治療のプロトコール手術は、腫瘤に周囲の正常乳腺を約2つけて切除します。ほとんどの乳房を温存するので乳房のふくらみを保つことができます。また、乳腺内にがんが広範囲に広がっている場合には、乳頭だけは残して乳腺を全部切除する乳腺全切除術も行えます。早期乳がんに対して無作為に乳房切除術と乳房温存療法(乳房温存手術+放射線治療)を行った海外の臨床試験では、両治療法の二十年後の生存率に差がないことが確認され、わが国でも乳房温存療法が標準的な治療法として定着してきました。現在、全国集計でも50%以上の乳がんに対して乳房温存術が行われており、群馬大学第二外科では約70%に対して乳房温存手術を行っています。

乳房温存手術後の放射線療法
  目に見えないがん細胞を死滅させ、新たながんが出現するのを予防するために、温存した乳房に放射線治療を行うのが一般的です。一回2グレイを二十五回行い、合計50グレイを照射します。土曜と日曜を除く、週に五日間照射しますので、50グレイ終了するのに五週間かかります。一回の照射時間は数分です。CTで照射する範囲を決定して、必要な部分だけを照射しますので、副作用は少なくて済みます。副作用としては皮膚障害が最も多く、日焼けのような変化が起こります。また、肺に一部かかるので、まれに放射線による肺炎が起こることがあります。

 

センチネルリンパ節(見張りリンパ節)生検
  センチネルリンパ節とは、がんからのリンパ流が最初に到達するリンパ節のことです。がんの周囲、または乳頭近くの皮下(皮膚内)にアイソトープ(放射線を出す物質)や色素を注射して、放射能が検出されるリンパ節、または青く染まるリンパ節がセンチネルリンパ節です(図4)。従来は、がん細胞がリンパ節に転移していなくても腋窩のリンパ節を切除していました。リンパ節を切除すると、出血、リンパ液の貯留、上腕のシビレや違和感、上肢の挙上障害、上肢のむくみ(上腕浮腫)などの合併症が出現することがありました。早期乳がんの場合、60〜70%はリンパ節にがん細胞は転移していません。したがって、多くの乳がん患者から正常なリンパ節を切除していたわけです。そこで最近では、触診、超音波検査などでリンパ節転移がないと判断された乳がんに対しては、センチネルリンパ節を術中に顕微鏡で調べて、転移がなければセンチネルリンパ節以外のリンパ節は切除しないようになりました。センチネルリンパ節に転移がなく、リンパ節の郭清(脂肪や血管などと一緒にリンパ節を切除すること)が省略できれば、入院期間は短く、運動も手術前とほとんど同じにできます。

術前化学療法
  腫瘤の大きなものや進行例に対しては術前に化学療法(抗がん剤)治療を行うことがあります。その利点としては、抗がん剤の効果を腫瘍の大きさの変化で確認できること、最初の治療なので副作用が出にくいこと、腫瘍が小さくなった時には乳房温存手術が可能になること、などがあります。図5に示すように、完全にがんが消失してしまうこともあります。事前に針生検でがん組織を取って、どのような抗がん剤が効くのかを調べます。

術後補助療法
  目に見えるがんは手術によって切除しますが、目に見えないようながんが全身に広がっていた場合に、その再発予防のために術後補助療法を行います。ホルモン剤による内分泌療法と抗がん剤による化学療法が主なものです。国際的なコンセンサス会議(サンガレン)では、腫瘍の大きさ、リンパ節転移(個数)、年齢、核異型度(がんの顔つき)、血管侵襲(血管のなかにがん細胞が入っているか)、HER2(ハーツー)過剰発現、ホルモン感受性などの再発危険因子を組み合わせて、再発危険度を低、中、高リスクに分けています(表2)。低リスク群はがん細胞がほとんど乳房の中だけに留まっており、手術だけでほとんどが治ってしまうがんの状態です。中または高リスク群では、明らかな遠隔転移はありませんが、細胞レベルではがんが全身に広がっている(微小転移)危険のある状態です(図6)。微小転移がある乳がんを無治療で放置すると、再発する危険が高くなります。そこで、がんの性格を調べて、最も効果が期待できる治療法を選択するわけです。ホルモン剤は低リスク群やホルモン感受性のある中リスク群が対象となり、抗がん剤はホルモン感受性のない中リスク群やすべての高リスク群が対象となります。最適な治療を行うことにより、再発の危険を約半分に抑えることが可能です。

内分泌療法(ホルモン剤)
  ホルモン剤が有効か(ホルモン感受性があるか)どうかは、女性ホルモンによって増殖するタイプのがんかどうかによって決まります。乳がん細胞内にホルモン受容体があると、女性ホルモンがその受容体と結合して細胞が増殖します。乳がん全体の約70%にホルモン受容体があり、内分泌療法の適応があります。内分泌療法は、女性ホルモン値を下げるか、女性ホルモンが受容体に結合するのを阻害することにあります。現在、乳がん治療に使われているホルモン剤は、抗エストロゲン剤、LH-RHアゴニスト製剤、アロマターゼ阻害剤、黄体ホルモン剤があります(表3)。閉経前には抗エストロゲン剤とLH-RHアゴニスト製剤を使い、閉経後には抗エストロゲン剤またはアロマターゼ阻害剤を使います。

化学療法(抗がん剤)
  抗がん剤は細胞の分裂を阻害して細胞増殖を抑えます。閉経前や細胞増殖の強い乳がんに効果が期待できます。乳がん治療に用いる主な抗がん剤を表4に挙げました。補助化学療法としては、CMF(シクロフォスファミド、メソトレキサート、5-FU)、EC(エピルビシン、シクロフォスファミド)、FAC(5-FU、アドリアシン、シクロフォスファミド)などのように二剤から三剤を併用します。CMFよりもエピルビシンやアドリアシンを加えた治療法が有効です。さらに最近では、それらにタキサン系抗がん剤を組み合わせると、より再発抑制効果が高いことがわかっています。

HER2(ハーツー)

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表3 乳がんに対する内分泌療法(ホルモン剤)
  ハーツーはがん細胞の増殖を促進するタンパク質で、がん細胞の表面にあります。ハーツーが過剰発現しているかどうかは病理学的にハーツータンパクを染色して調べる方法とハーツータンパクを作る遺伝子が増えているかどうかをみる「FISH(フィッシュ)法」があります。ハーツーが発現している乳がんでは悪性度が高く、再発の危険が高くなります。しかし最近では、このハーツーが発現している乳がんに特異的に効果を示す薬(ハーセプチン)が開発され、有効性が認められています。

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表4 乳がんに対する化学療法
おわりに
  乳がんでは世界的に標準治療というものがほぼ確立しています。乳腺専門医はその標準治療をもとに乳がん患者さんに情報を提供し、お互いに納得でききる治療法を選択します。同じ悪性度の乳がんであっても、六十歳の人と八十五歳の人では治療法が異なってくることがあります。つまり、標準的な治療を参考にして、患者さんの状態を見ながら、最適と思われる治療法を見つけていくわけです。群馬大学第二外科では、長い乳がん治療の経験を基にして、常に最新の情報を吸収しつつ、最適な治療法を提供できるように努力しています。 


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