《2007参院選》
(2007/09/26)

《福田首相誕生》 期待背に難局へ 4人目の上州宰相 山口上回り戦後最多に

 福田康夫氏が二十五日、第九十一代、五十八人目の首相に就任した。本県から四人目。戦後、首相の座に就いた政治家は二十九人おり、都道府県別にみると、群馬の四人が最多となる。

 本県出身初の首相は福田氏の父赳夫氏。一九七六年に第六十七代、四十二人目の首相となった。その六年後の八二年には、中曽根康弘氏が第七十一代、四十五人目の首相の座に就き、九八年には小渕恵三氏が第八十四代、五十四人目の首相に就任。在職日数は福田赳夫氏七百十四日、中曽根氏千八百六日、小渕氏六百十五日で、合計すると八年半近く日本の政治をリードした。
 本県に次ぐ戦後三人の首相を輩出したのが安倍晋三前首相の山口県。「安倍氏は八人目の首相」と言われているが、それは戦前の伊藤博文、山県有朋、桂太郎、寺内正毅、田中義一の五人を含めて。戦後は安倍氏とその祖父の岸信介、佐藤栄作両氏で在職日数は岸氏千二百四十一日、佐藤氏二千七百九十八日。安倍氏の三百六十五日を合わせると約十二年も政権の座を占めた。
 首相就任に際して、本県の四氏には「危機に登場」という共通点が見えてくる。
 福田赳夫氏は、田中角栄前首相が逮捕されたロッキード事件後の総選挙で党が過半数割れに追い込まれた時に就いた。中曽根氏は内政、外交で行き詰まった鈴木善幸首相の後を受け、小渕氏は参院選大敗の責任を取って辞任した橋本龍太郎首相の後を引き継ぎ、それぞれ難局を乗り切った。
 本県の三首相について中曽根氏は以前、こんなふうに語っている。「運には時期という問題がある。三人とも時期を悟って、運をつかむ力があった。運気を感じ、待ち構えていた」
 ちょうど一年前。福田康夫氏は晴れ舞台に立った安倍氏から一番遠い場所にいた。かつて父赳夫氏は「坐ざして看みる雲起おこるの時」という書を自宅床の間に掲げ、時を待った。
 今回、参院選で党が歴史的な惨敗を喫し、首相が突然、政権を投げ出した。自民党の危機にあって、ムクムクとわき起こる国民の期待を福田氏は素早く感じ取り、行動を起こし、政権をつかみ取った。

◎歴代首相とデータ比較
 新首相に就任した福田康夫は伊藤博文から数えて五十八人目、戦後二十九人目の首相となる。三十一年前の福田赳夫と親子二代にわたる首相就任は史上初。出身地や就任時の年齢など、歴代首相のデータを分析した。(敬称略)

◎21道県出身なし
 吉田茂以降は選挙区、それ以前は出生地で歴代首相の出身地を数えると、群馬は戦後、四人を輩出し、安倍晋三ら三人の山口を上回り最多。戦前戦後を通じ、二十一道県では首相が誕生していない。

◎「高齢」3位タイ
 首相就任時の年齢を比べると、最高齢は終戦時の鈴木貫太郎の七十七歳。最年少は初代の伊藤で四十四歳。現憲法下では石橋湛山と宮沢喜一の七十二歳が最高齢で、平均は六十三歳。福田は父赳夫、鳩山一郎と並び七十一歳で、現憲法下三位タイの「高齢首相」だ。
 福田は五十三歳で衆院議員に初当選。一九六〇年代以降で五十歳を超えて初めて国会議員になり、首相の座を射止めた例はこれまでにない。

◎早大から6人
 戦後の首相の出身大学をみると、吉田茂、鳩山、佐藤栄作ら東大が十人で最多。二番目は早大で、石橋、竹下登、海部俊樹、小渕、森喜朗に今回、福田が加わり六人となった。橋本龍太郎、小泉純一郎の慶大、三木武夫、村山富市の明大が、これに続く。国立大卒は宮沢(東大)が最後で、細川護熙(上智大)以降は福田まで九人連続で私大出身者となる。
  史上58人目、戦後は29人目  


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