視点 オピニオン21
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前橋育英高校教諭・群馬陸上競技協会強化部強化委員長 
安達 友信
さん(伊勢崎市八坂町)

【略歴】中之条高校、順大体育学部卒。86年から前橋育英高校教諭。現役時代は中距離選手としてインターハイ、全国高校駅伝、インカレ、国体などで活躍。監督では県総体、県高校駅伝など優勝。


登山家が味わう喜びも

◎陸上競技の楽しさ

 陸上競技の楽しさについて書きたいと思います。私自身、現役生活を十一年、指導者として十八年間(諸先輩には到底及びませんが)精いっぱいこれに打ち込み、多くの経験をし、泣き、笑い、そして感動を味わいました。陸上競技に対する情熱は、いまだ冷めてきたと感じることはありません。

 なぜでしょうか。自分でも不思議な気さえします。陸上競技に関係のない友人や教員仲間、あるいは他の競技関係者などとの酒飲み話では、しばしば「何で陸上競技をやっているのですか」「走ることって楽しいですか」「何を考えて走ってますか」などと、まるで変人を見るかのように私に問い掛けてきます。

 私はそんな言葉に対し真剣に答えることはなく、せいぜい「本当ですよね。いつやめてもいいんですけどね」などと答えています。ボールゲームや華やかなチームゲームなどは、だれが見ても楽しそうなものです。ただ走るだけ、跳ぶだけ、投げるだけの原始的で単調なスポーツは、決して楽しそうに見えることなどないでしょう。

 それでは、陸上競技の楽しさとは何か、について考えてみたいと思います。人間の行動は、本能行動を中心とする基本的生活活動をつかさどる古い脳(大脳辺縁系)と、その上に発達した環境適応性を可能にした新しい脳(大脳新皮質)との共存の上に成り立っている、と言われています。スポーツを追求すると、その双方の脳が微妙な綱引きをしていることに気が付きます。

 例えば、初めて立つスタートライン。周囲は強豪ばかり。不安感は高まり、体調にも変化が現れ、その事態を回避し、その場からの逃避行動が自然と起こります。このような場面で起こる快、不快、怒り、不安、恐怖は、喜びや悲しみの感情とは区別され、「情動」と呼びます。「情動」は赤ちゃんや他の動物にもみられる本能行動のひとつで、大脳辺縁系の働きにより起こります。

 しかし、人間は高次の精神機能をつかさどる大脳新皮質が他の動物に比べ格段に大きく、「情動」を計画的に統制し、創造性をもって喜びに変えていくことができるのです。はちまきをして、チームメートに送られ、監督からの叱咤(しった)激励を受け、手を合わせてお祈りをし、不安感を払拭(ふっしょく)して夢に向かうのです。その結果として味わうことのできる喜びこそ、人間だけに与えられたものであると思います。

 登山家や冒険家が味わう喜びも、きっと同じ「情動」を統制した後に味わう満足感があるのだと思います。小さいころから多くの欲求をがまんし、合格という夢に向かって努力した東大生は、「情動」を統制する達人と言えるのかもしれません。彼らが漕艇競技に向かったときにものすごい集中力を発揮すると聞き、勉強させられました。

 陸上競技はその動作こそ単純ですが、トレーニングの過程から試合前、試合中、試合後、そして、普段の生活のあらゆる場面において、より人間的に計画的に創造性を持って取り組まなければならない競技です。

 自己の記録を更新し、勝てなかった相手に勝つこと。この喜びを味わうために、こだわる材料は無限にあります。これを追求することこそ、陸上競技の楽しさです。レベルは関係ありません。皆さん、創造性をもって積極的にチャレンジする陸上競技を楽しみませんか。

(上毛新聞 2001年11月20日掲載)