視点 オピニオン21
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夢現じゅく塾長・主任児童委員 
大井田 文雄
さん(下仁田町下仁田 )

 【略歴】大阪薬科大学卒。薬剤師。10年間、大手薬品メーカーに勤め、労働組合の委員長などを経験した。家業の薬局を継ぐため97年に帰郷。99年に提案型地域づくり団体、夢現じゅくを結成した。


日々の生活に見出す

◎旅の喜び

 先日、大学と大学院時代にお世話になった恩師から、一冊の本をいただいた。『散々歩』という書題の本は、先生がこれまでに旅した数多くの土地の一部についてまとめたものであった。先生はまえがきの中でこう述べている。「以前からもそうであったが、年を経ることによって再認識されるのは、旅は精神の若返りの泉であり、旅をするごとに心身はよみがえってくる」。

 喜寿を迎えようとしている先生が、今でも旅をしていること、あの時は良かったと回顧するのではなく、さらに良い時をつくるために活動されている。それを楽しみ、また喜びとして次の計画を練っていることに、私は敬服する。人間の体は、年輪の積み重ねによる機能的な衰えが必然的なことであるが、人の精神はその人の考え方、感じ方でいか様にもなるのかもしれない。

 私も旅をすることが好きで、最近でこそあまり出かけることは少なくなったが、学生時代はバイクにシュラフを積み、一人で全国を旅したり、海外にも一人で出かけていった。旅に出ると見えないものが見えてくる。ふだん何気なしに見ていた自然や街並みや人間というものが、自分に語りかけてくるような気がする。そして、ふだん気がつかなかった自分自身というものを意識するようになってくる。

 旅は私に三つの喜びを与えてくれる。旅に出る前に土地について調べる喜び、土地や自然や人々と知りあう喜び、さらに旅から帰り、目には見えないけれど自分の血肉になっていくだろう旅の間に起こる出来事や友人を得る喜び。つまり、調べる喜び、知る喜び、得る喜びである。

 ここで、ふと何も遠くに行くことが旅のすべてではないのではないか、と考えた。知らないところに旅してみたいといっても、近くのことを知っているのか。

 高校生までの十八年間を下仁田町で過ごし、大阪、東京、横浜で計十六年間を過ごして帰ってきた私は、今自分の住んでいる土地についてどれだけの歴史を知っているのだろう。故郷の山や川について、どれだけの知識を持っているのだろう。実は私は生まれ育った町を旅していなかったのではないか。旅の対象としていなかったのではないか。

 違った視点に立てば、日々の生活そのものが旅とも考えられるのではないか。毎日が同じことの繰り返しではない。同じような日はあっても、同じ日は絶対にあり得ない。

 私には現在、八歳、六歳そして三歳の子供がいる。三人の子供と話していると、子供は毎日旅をしているようだ。新しいことを覚え、感動し、時に傷つくことはあっても日々成長している。そう思ったとき、私は毎日を大切にしているかを自問してみる。

 日々の中で私は楽しみを得ているか。喜びを得ているか。感謝をしているか。満足しているか。充実しているか。

 私を含めて、ともすると忙しさを理由に惰性に流されつつある人たちは、ちょっと頭を切り替えて住んでいる地域を旅すること、そして日々を旅することをしてみませんか。そこにもきっと三つの喜びがあるはずだから。

(上毛新聞 2001年12月16日掲載)