視点 オピニオン21
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映像演出家 
桜井 彰生
さん(東京都墨田区緑町 )

 【略歴】前橋市出身。新島学園高、早稲田大卒。記録映像作家として医療、介護などをテーマにドキュメンタリー作品を演出。文化庁奨励賞、国際産業映画ビデオ祭奨励賞、同経団連賞金賞を受賞。


伝統技術を子供たちに

◎群馬の養蚕

  今年の七月から八月のお盆過ぎまで、私は昔ながらの養蚕技術で、蚕が繭になるまでをつぶさに映像で記録しました。その過程で、実に多くの事柄が、深い感銘とともに心に残りました。

 その第一は、蚕そのものの不可思議さです。わずか一ミリにも満たない黒い幼虫が、たった一晩桑の葉を食べただけで、数倍の大きさの毛蚕になり、さらに一晩たつと白い肌の蚕に変わる。その変化の速さに、私はまず驚かされました。そして、必ず三日目には桑の葉を食べるのを休み、首をもたげて微動だにしなくなり、それを「眠」と呼ぶのだということを聞いた時には、本当に言い得て妙だと感心しました。

 七、八センチに成長した蚕が、桑を食べる速度にも驚きました。頭を上から下へ半円に動かしながら、ほんの十分ほどで一枚の葉をたいらげてしまいます。その時、蚕室中に広がる音、ちょうど炭酸がはじけるようなひそやかな音は、今でも耳の底に残っています。

 また、養蚕家でもめったに見られない蚕の脱皮や、熟成した蚕が「まぶし」の中で繭をつくる営々たる努力の過程を、最初から最後まで収録した時には、自然の摂理の偉大さに感動しました。

 そんな撮影の最中に東京に戻ると、もっと驚くことがありました。世田谷区の自由ヶ丘に住む友人宅を訪ねたところ、その家の庭になんと桑の木があり、その葉を近所の小学生がもらいに来たのです。理科の課題で蚕の飼育観察をしている、とのことでした。東京の知人に聞いてみると、小学生時代に蚕を飼ったことがあるという人が、かなりの数に上りました。今回のカメラマンの二十七歳になる息子さんも、その一人でした。

 さて、群馬県ではどうでしょう。青年たちに尋ねてみても、小学校で蚕の飼育観察をしたことがあるという人は、ほとんどいませんでした。それどころか、群馬県が昭和二十九年以来、いまだに全国一の養蚕量を維持していることを知る人もごくわずかです。

 養蚕や製糸は、群馬県ではもう既に過去のものとして忘れられてしまったのでしょうか。「日本で最初の富岡製糸」という『上毛かるた』の意味を、養蚕も製糸も見たことがない群馬県の子供たちは、理解できるのでしょうか。

 私は、養蚕や製糸という群馬県の伝統的技術を、子供たちに見てもらう、知ってもらうことを通じて、自然の恵みや生き物の命の大切さが実感でき、養蚕や製糸を中心に発展してきた群馬の歴史への理解にも通じ、郷土に対する愛着や誇りなどもはぐくまれるのでは、と考えています。

 そして、私は次の映像テーマに野蚕を選ぶつもりです。山のクヌギやナラの葉を食べ、緑色の実に美しい繭をつくる野蚕。群馬県の豊かな自然こそ、野蚕の好適地のはずです。群馬に行けば野蚕が見られる、群馬に行けば素晴らしい絹の文化に出合える、と言われるようになれば、イメージも大きく変わるのではないでしょうか。

 私はたとえ一人ででも、野蚕をやってみようとさえ考えています。私の夢のような野蚕のプランに、参加してくださる方はいらっしゃいませんか。

(上毛新聞 2001年12月18日掲載)