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高崎経済大学地域政策学部教授 
河辺 俊雄さん
(東京都新宿区若松町)

 【略歴】京都市出身、京都大学理学部卒。東京大学院医学系研究科博士課程修了。同大医学部保健学科人類生態教室助手。92年高崎経済大学助教授、97年から現職。


開発計画で激変の恐れ

◎熱帯林

 熱帯林の減少は地球環境問題の一つであり、数十年後には熱帯林は消滅すると予測されている。熱帯林の中で自然と調和を保ちながら生きる人の数も減少しているけれども、世界のあちらこちらには、今なお伝統的生活を続けている人々がいる。パプアニューギニアの東経一四三度、南緯九度に位置するオリオモ台地には、熱帯モンスーン林や疎林が残っている。さらに草原や蛇行する川、網目状に入りくんだクリークによって複雑な地形をつくり、きわめて豊かな動物相を保っている。

 そこは「森の民」と呼ばれるギデラ族の世界であり、森林や草原では伝統的な弓矢猟が行われている。多様な自然資源が利用され、サゴヤシの半栽培や焼畑農耕、また河川ではカヌーが使われ、漁労活動も行われる。

 ギデラ族の調査は、一九八〇年以降数回行い、およそ二十年が経過した。オリオモ台地は熱帯低湿地帯であり、雨期の増水時にはクリークからあふれた水で橋や道路が損壊するため開発が難しく、それゆえに豊かな自然が残されている。

 ただし、この二十年の間にはさまざまな変化も認められる。村落間の移動は歩くしかなかった状況から、小型トラックが使われるようになり、小学校や軽飛行機用の空港も増えた。米、小麦粉、缶詰などの入手が容易になり、購入食品の消費も増加した。

 「森の民」の生活の根幹をなす弓矢猟の伝統が、崩れているのではないかと危ぐされる。伝統的弓矢猟が引き継がれていくためには、狩猟技術が成長とともに十分に発達することが重要である。ギデラ族の子どもの狩猟技術の発達について、八一年にルアル村の男の子たちに、狩猟で捕った経験のある獲物狩猟技術の発達を思い出し法によって調査したが、再度同一の調査を行って二十年間の変化を調べた。

 狩猟技術の発達は、一般的には次のようになる。村の中をしっかり歩ける程度に成長すると、おもちゃ代わりに小型の弓矢で遊び、村の中で小さなトカゲを射止める。やがて子どもたちと村から離れて遊ぶようになると、種々の小動物を捕獲する。乾期に活発に行われる集団猟に参加できる程度に成長すると、ワラビーを捕る。そして、シカやノブタのように大型の獲物も射止めることに成功する。

 森に生息するヒクイドリを捕るには、身を隠して長時間待ち伏せしなければならず、非常に難しい狩猟であり、これができれば一人前ということになる。獲物を捕るには、弓矢の操作技術だけではなく、自然環境や動物の生態に関する知識も重要であり、さらに狩猟獣への近づき方や獲物のおびき寄せ方などもおぼえる必要がある。

 このような技術は、成長とともに日々の活動の中で経験を通して高められていくが、集団猟に参加しながらおぼえたり、夜間に行われる個人猟の場合は、父親などに同行して高度な技術を学ぶ。調査の結果を比較したところ、大きな差は認められなかった。成長とともに狩猟技術は順調に発達し、弓矢猟の伝統は受け継がれている。

 しかし、安心はしていられない。オリオモ台地にも開発の波が押し寄せてきており、東部ではすでに熱帯林の伐採による林業開発が進み、ルアル村に近い北部地域でも林業開発が計画されている。都市生活を経験し、開発推進を願う村人が増えてきた。熱帯林が消え、激変する可能性が高まって
いる。
(上毛新聞 2001年12月27日掲載)