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ケアホーム「家族の家新里」施設長 
渡辺 高行さん
(新里村新川)

 【略歴】専修大経営学部卒。県内の老健施設勤務後、95年に痴ほう性老人のグループホーム「ケアホーム『家族の家新里』」を設立した。県痴呆(ちほう)性高齢者グループホーム連絡協議会副会長。


同じ人間同士の関係を

◎医療介護

 九十歳の深いしわを刻んだ顔を湖面に向け、彼女はしばらく輝く水面を見つめていました。そして一言、「ああ、これでもういつ死んでもいい」。老人性うつ病で寝たきりのKさんが、この時口にした唯一の言葉です。

 長年寝たきりの状態にあった彼女は、ベッドと自分の部屋という限られた空間の中で、家族も含めて、人と人との関係が極めて希薄な毎日を過ごしていました。榛名湖を見に行きましょうと誘った時に、始めは拒んでいた彼女も、「歩けなくても大丈夫。私が抱っこしますから」と言うと、ようやく承知してくれました。それは、ごく軽い気持ちの誘いでした。しかし、このささやかな体験は、彼女の長く苦しかった人生の締めくくりの時に、一筋の光をもたらしたようでした。

 一方、私にとっても大きな転換のきっかけとなりました。その時から十数年、ひたすら高齢者介護の道を走ってきましたが、私の介護に対する心はいつもKさんの、あの一言に集約されます。そして、他者の長い人生の最後の輝きの時に、深くかかわっていけることに感謝と喜びを感じています。

 以前、高校卒業したての若い女子職員が、洗濯物を見て不思議そうに言いました。「これ、何ですか」。そこには、昨日入所した方が着用していた抑制衣(おむつ外しを防止するためのつなぎ服)が干されていました。抑制衣は例外なく使用しないという施設の方針がありましたので、それを今まで見たことも聞いた事もなかったのです。素人の、無知の素晴らしさの一例です。

 実は、私自身も医療介護の専門職ではなく、三十代になって、ようやく福祉の道に入り、介護支援専門員の資格を取ったのもつい最近のことです。しかし、私はこのことを悔やんではいません。もし、私が最初から専門職としてこの道に入っていたら、寝たきりのKさんをドライブには誘わなかったかもしれません。恐らく、専門知識や介護の現状が邪魔をしたことでしょう。

 ですから、私は職員に対して、常々、プロになっても専門家になるな、と言っています。なぜならば、肩書のついた専門家といわれる人々が、歩けなければおむつ、寝たきりの方は外出しないもの、はいかいがあれば閉じ込めや抑制、といった固定観念を、消極的にせよ守ってきたからです。もちろん、崇高な理念を持ち、現場で汗みどろになって頑張っていらっしゃる、素晴らしい専門家も大勢いらっしゃいます。

 しかし、それでもなお私たちは原点に返り、寝たきりであろうと、痴ほうであろうと、人間関係における感受性や信頼感は、健康な私たちと基本的に何ら変わりない、ということを認識すべきです。同じ人間同士の関係だからこそ、普段と変わりない生活や、普通の人間関係が必要なのです。そこに最も必要な資質は、専門知識ではなく、共に歩むことができる、生の人間の姿ではないでしょうか。
(上毛新聞 2001年12月29日掲載)