視点 オピニオン21
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県温泉旅館協同組合理事 
高橋秀樹さん
(伊香保町伊香保)

 【略歴】明治大大学院修了。県内温泉地で修業した後、83年から家業の旅館「美松館」を継ぐ。若手経営者の一人として旅館協同組合、観光協会の理事、監事を務める。01年から伊香保小PTA会長。


運動の継続こそ大切

◎まちづくり

 「我思う、ゆえに我あり」とデカルトは言う。「人間は考える葦(あし)である」とパスカルも言う。しかし「もの思う心が人間を臆(おく)病にする」とはハムレットのせりふ、「狂った人間は頭で考える、我らは心で考える」とはプエブロインディアンという部族の言葉だそうだ。

 古今東西の人々の、一見正反対ともいえる言葉について、それこそいろいろと考えさせられる。思考という行為それ自体は、人間の尊厳や進歩にかかわる基本的で不可欠な特権だと思うが、その内容や方法についてわれわれは、もっとよく吟味しなくてはならないと思う。というのも考え過ぎ、悩み過ぎは必ずしも前進をもたらさないばかりでなく、むしろ停滞や混迷を引き起こすことに気付くからである。

 自然な発想で自由に考え、自在に行動する―それを可能にした科学技術と市場経済、さらに民主政治というそれぞれのシステムが複合的に機能し合って、われわれに快適な生活を供給し続けた今日。このすぐれた諸価値を創造し、洗練し続けながら、人間は堂々と自信をもって自分たちの幸福を追求してきたといえる。

 しかし、近年どうも様子が違うな、と感じているのは私だけだろうか。不景気とはいいながら、何か閉塞(へいそく)感のような不快さが常に付きまとう。それを払拭(ふっしょく)するような根本的な解決策、特効薬がなかなか見い出せないのは、あらゆるシステムがさびついてきた、ということでもあろう。

 どんなに精巧にできたパイプでも金属疲労を起こし、少量の水しか出せなくなった蛇口の前に渇した私たちの口が差し出されるのだから、欲求不満になるのも無理からぬ話である。町の活性化もまたしかりである。

 そこで人々は考え始める。なんとかしなければと。私も官民一体となった「まちづくり」活動等に参加する機会を得、そこで実に多くの町民が真剣に、しかも豊富で多彩なアイデアを披瀝(ひれき)する様子を見て感嘆し、勇気づけられた。思いもよらぬ新鮮な発見と、わが意を得たりと思わせる提案の競い合いは、大いなる活力であり、それらを収斂(しゅうれん)して実行可能なものから具体化してゆくわが伊香保町の姿に、頼もしさを感じないではいられなかった。

 だが問題は、この運動を継続する困難さにも視線を置くべきであろう。さまざまな社会的制約や人間関係、目先の損得で多くを思い考え、発想時のみずみずしいエネルギーの燃焼を鎮火させてはならない。火力を多少調節しても、弱火でコトコト煮込むことが大事である。皆が熱意をもって考え始めたのは、やむにやまれぬ気持ち、その純粋な初発の一念があったればこそである。心に支えられなければ、真の「まちづくり」にはならないはずである。

 自らを呪縛(じゅばく)する心の壁を取り除き、おのおのが原点に立ち返り、頭に浮かび心に描いた理想をそのまま思考に取り込んでゆく努力が必要だと思う。そんなスタンスを取りながら自分たちのまち、観光地としての伊香保を再考するのも楽しいことではないか。ゆとりある柔和な雰囲気の中で、町の活性化に取り組みたい。


(上毛新聞 2002年1月13日掲載)