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東京福祉大学社会福祉科実習担当主任教授
ヘネシー澄子さん
(伊勢崎市中央町)

 【略歴】横浜市生まれ。ベルギー、米国に留学し、デンバー大学大学院で博士号を取得。インドシナ難民支援のためアジア太平洋人精神保健センターを創立、所長として活躍。2000年から現職。


乳幼児は母親のそばに

◎愛着障害

「妻と二人の子は連れて来ましたが、生まれたばかりの赤ん坊は、日本で乳児院に預けてきました。ちゃんとしつけてくれるし、抱きぐせもつかなくて、おばあちゃんに育てられるよりいいでしょう」。一九六三年ごろニューヨークの大学院に来た若い研究員の言葉である。

 その少し前、日本に「抱きぐせ」という言葉と、スキナー博士の行動理論に沿って、赤ちゃんをロボットのように育てる育児法が流行したと記憶している。乳児院を自分の子育てに使うのは、この乳児法の影響であったのか。

 同じころ、もうアメリカでは病院や施設での長期滞在が、赤ちゃんの知性や感性の発達に悪影響を及ぼすということが知られていた。出生からの一年が、赤ちゃんの一生のうち最も大切な時期なので、すぐ日本から赤ちゃんを連れてくるよう提案したが、ソーシャルワーカーになって間もない私に、彼は耳を貸さず、赤ちゃんに申し訳なかったと今でも思っている。

 あれから四十年、今日本に帰国して、まだ「抱きぐせ」と言う言葉も、乳児院も健在と知って、驚くと同時に怒りさえ覚える。母と子の間に生まれ育つ愛着のきずなが、その子の一生を左右すると言っても過言でないことが、愛着障害児の研究から明らかになっているのに、乳児院を依然として児童福祉サービスの一貫として組み込んでいる日本の児童福祉政策に、疑問を持たざるを得ない。また、母親の病気や次の子の出産などを理由に、乳幼児を気軽に施設に預ける家族があるのも問題である。

 脳の研究が進んだ今日、六千万もの脳細胞を持った新生児の脳が、その生活環境、特に母親の関与の仕方によって、幾多もの脳回線をつなげ強化し、知性を高め、感性を深める可能性があることが分かっている。医療や福祉政策で、このような知識を早急に取り入れ、母と子の愛着のきずなを強化し支援する対策を、もっと考慮し、実行する必要がある。

 例えば、出産は赤ちゃんの最初のトラウマなので、アメリカでは生まれて汚れたままの赤ちゃんを、まず母に抱かせ、胎内で聞きなれた母の声と心臓の鼓動を聞かせて、その衝撃をいやすのである。母親も出産の痛みから開放された途端に赤ちゃんを抱くので、大きな感激を覚えて、自分の胸の中で静かになったわが子に最初の愛着の感情を持つ。この瞬間が、母と子の間で安定した愛着関係をつくるきっかけになるという。

 わが国でも、日赤病院などでこの方法を実践しているが、これが全部の産院で実施されたら、母と子の愛着関係を深めるだけでなく、虐待や放置問題の防止にもなろう。

 この少子化の時代に、母親と安定した愛着関係を持ち損ねた子どもが、一人でもあってはならないと思う。まず乳児院を廃止し、母親が病気の場合などは、家族の一員、特に父親が代わりとなって、赤ちゃんと愛着のきずなづくりに専念し、勤め先も出産後の休暇を父親に与えることを異としない社会環境をつくろう。父親や近親がいなければ、訓練を受けた専門里親を福祉組織に導入しようではないか。


(上毛新聞 2002年1月15日掲載)