視点 オピニオン21
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鳥川流域森林組合代表理事組合長 
原田惣司さん
(倉渕村岩水 )

【略歴】日本大学芸術学部専門部卒。倉渕村教育委員、同議会議員、同消防団長、同収入役などを経て、現在は烏川流域森林組合長、倉渕山岳会長、群馬郡文化協会連絡協議会長などを務める。


利根川源流

◎豊かな自然を守りたい

 ここは、利根源流オイックイの峡谷のただ中である。台風の余波を受けて風雨はますます強まり、水量は一気に増して、今夜の幕営地にと決めていた先ほどの河原台地も、五分ぐらいで水没してしまった。上流の雪渓が崩れて川をせき止め、一気に流れ落ちたのだろうか、しばらく岩場にしがみついていたが、リーダーはすでに寝ぐらの確保に取りかかっていた。闇の中にヘッドランプの光が点滅して、ハーケンの音が黒い峡谷に響く。

 雨の中、ミノムシのような宙づりの一夜が始まった。ハーネスから延びたロープをハーケンに結びつけ、余ったロープを木の根にかけてリュックを結んだ。シュラフカバーを取り出して、頭からすっぽりとかぶると、後は非常食をかじって寝るだけと気持ちを落ち着ける。激しい雨音と、ゴトゴトと石の流れる音が夜半まで続いた。ロープにもたれて少しうとうととしたと思ったら、ようやく空が白みかけていた。雨がやんで瀬音も静かになっている。水かさが引いているのだ。

 明るくなって流れをのぞくと、水没していた石や草花たちが姿を現している。水量は平常よりもまだ多いものの、何と水は澄んでいる。川底の小石が色とりどりに光り、深みには魚影さえも見える。昨夜の嵐と大増水は何だったんだろうかとわが目を疑ったほど、台風のつめ跡はみじんも感じることのない、静かな朝の光を全身に浴びることができた。

 水没から顔を出した草々はすでに立ち上っており、木々の草は朝日に輝いて光合成を始めている。ぬれた黒い岩壁にはヒメミヤマカラマツの白い花が、にこやかな朝のあいさつをしているように揺れている。

 これは何万年も繰り返されてきた自然の営みなのだろうか。手付かずの大自然のすごさ、偉大さ、優しさに、しばし手を合わせて立ちすくんだ。そして、何となく後ろめたい気持ちに襲われた。人間が来てはいけない、神の領域にわれわれは踏み込んでしまったのではないだろうかと。

 もしも、ここに人工の道が造られていたら、たちまち寸断されて土砂崩れが起こり、この清流も濁流になっていただろう。もし、ここに人工の施設があったら、たちまち雪崩に押しつぶされて、ごみとなって流れくだっただろう。もし、ここに大勢の人が入ってきたら、このデリケートな自然は今のままでいつまで保つことができるだろうか。ここだけは人の手を入れることなく、いつまでも人間を拒み続けて豊かな自然を守り続けてほしいと。身勝手な願いを込めて利根源流三日目の遡行が続いた。今夜は鳩平で足を伸ばして眠れるだろう。



(上毛新聞 2002年3月2日掲載)