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ライター・エッセイスト 橋本淳司 さん(館林市代官町 )

【略歴】学習院大文学部卒。「水と人」をメーンテーマに新聞・雑誌やネット上で執筆活動を行い、著書を出す傍ら、企業取材を通じ起業、経営の在り方を学ぶ。ネット上の企画オフィスを主宰。



ホットスプリングス

◎長期滞在湯治場で活気

 先日、アメリカ南部のホットスプリングスという町に行った。ここはクリントン前大統領の出身地アーカンソー州にある。アーカンソーは「ナチュラル・ステーツ」と呼ばれるように森林、湖、川など、自然の恵みの多い所だ。

 最近、この小さな町が定年を迎えた人々に注目され、移り住む人が増えている。アメリカでリタイアした人の保養地といえば、フロリダか南カリフォルニアが定番だったが、ここ数年、ホットスプリングスの人気が徐々に高まっている。その理由は、町名からもわかるように温泉にある。

 アメリカ原住民は、古くからこの温泉を医療用に使っていたが、歴史に登場するのは一五四一年のこと。スペインのエルナルド・デ・ソトという探検家によって温泉が発見され、以来、アメリカ有数の観光地として人気を集めてきた。最盛期は一八二○年代から十九世紀後半で、トルーマン大統領や野球選手のベーブ・ルース、鉄綱王カーネギーも湯治にやってきた。しかし、アル・カポネやオーエン・マーデンといったマフィアが暗躍し、歓楽街のにぎわいを見せたのも二十世紀半ばまで。その後は次第にさびれてしまった。

 観光地としての温泉が不振にあえぐ姿は、日本と似ている。日本温泉協会によると、日本の温泉地はこの二十年間に三度の転機を経験したという。まず一九八一年の旧国鉄「フルムーン」キャンペーン。これによって高齢者中心だった温泉利用層が熟年層にまで広がった。次に八七年のリゾート法施行、八八年の「ふるさと創生」事業で温泉の開発が一気に増え、若者が目を向けるようになった。環境省によると、九○年度に都道府県が許可した温泉の新規掘削数は千三百十二カ所。七三年度(千二百五カ所)以来の温泉開発ブームだった。その影響で、九九年度の全国の源泉総数は二万六千二百七十カ所。二十五年前の一万七千百六十カ所(七四年度)に比べて約一万カ所も増えた。

 しかし、バブル経済が崩壊。温泉旅館の宿泊客数は、九二年度の延べ約一億四千三百万人をピークに漸(ぜん)減状態が続き、草津、伊香保などの温泉地を抱え「温泉王国」と呼ばれる群馬県でも、九一年度の八百三十万人をピークに温泉宿泊客の減少に悩んでいる。

 最近になって、ホットスプリングスが息を吹き返したのは、温泉を観光目的だけでなく、温泉施設、自治体、温泉療法の医師やバリアフリーの専門家が連携し、医療・健康目的の利用を進めたからだ。医療機関やリハビリセンターが整備され、町のあちこちで車いすや松葉づえの人を見かける。湯治場はバリアフリー。バスタブの整備や電動車いすの貸し出しなど、足腰の弱いお年寄りも安心して湯につかり、買い物も楽しめる。通過型観光滞在から、長期滞在型湯治場へと変わり、移り住む人まで現れた。町が元気を取り戻さないはずはない。

 日本でも温泉の療養効果があらためて脚光を浴びている。温泉を高齢者の健康づくりに利用した自治体が効果を上げ始め、温泉療法のアドバイスをするための全国組織も発足した。ホットスプリングスは近い将来の日本の温泉地の姿かもしれない。


(上毛新聞 2002年4月1日掲載)