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NPO法人・日本福祉教育研究所所長 
妹尾 信孝さん
(渋川市折原 )

【略歴】亜細亜大卒。難産の後遺症で四肢と言語に障害がある。兵庫県内の知的障害者施設の職員として16年カウンセリングに従事。自らの体験を基に教育、福祉、人権をテーマに講演活動を展開。


男性と女性


◎誰もが使命や役割持つ

 ボランティアから福祉の道に入り三十余年、専門書を読みあさり、施設を訪ね歩いた若い日々が懐かしく思い出されます。長年、施設職員としてケースワークやカウンセリングなど、福祉の仕事に携わってまいりましたが、真の福祉の意味が分からないまま、通り過ごしてきたことを反省しております。恩師の勧めもあり、福祉教育の啓発活動を始めるようになり、現場や行政の関係者だけでなく、世代や障害を超えてのさまざまな出会いを通して、少しずつ福祉の意味が理解できるようになってきました。

 福祉を辞書で引くと、より多くの人の幸福と書いてあります。では、幸福とはどのようなことを示しているのでしょう。決して、地位や名誉、富に満ちた生活ではなく、毎日の何げない生活の中にあり、自分自身の心を指していると思います。ごく自然に当たり前に営まれていることなのですが、なかなかそれに気がつきません。人が生きていく上で、もっとも大切なものは天地の恵みです。その恵みがあればこそ、人は生かされ、そして人と人とのつながりが心を満たしていくのです。福祉の本来の姿は、自然の恵みと心の幸福を意味していると思います。また福祉は、目に見えないだけに不安も抱えます。だから、人は形を通してかかわりをつくろうとする面があります。そのかかわりが、福祉本来の姿をゆがませているのではないでしょうか。

 『三年B組金八先生』を子供たちと一緒に見ています。昔のドラマは、明るく活発な若者像を描いた内容でしたが、昨年十月から今年三月までのシリーズは生や死、心を取り上げたものが多く、精神的な悩みを背負った若者たちの姿が描かれておりました。今日の社会がそのまま画面に映し出されている気がしました。時代に沿った内容とはいえ、決して見る者に、とりわけ、若者たちの心に深刻さを促すものであってはいけないと思います。番組の中で、男女共同参画社会を題材とし、男らしさ、女らしさを語る場面がありましたが、時代とともに性的背景もかなり多様化してきたと思います。

 同性愛という言葉も日常語として使われたり、男は愛きょう、女は度胸とささやかれる現代社会ですが、まだまだ性に対する偏見や差別が深く根付いているのも事実です。性的な問題を配慮し、男女の平等や参画が問われる節がありますが、性を語る前に男性も女性も一人の人間として考えていかなければいけないと思います。生態上、体形や機能の違いはあっても、人間としての別はないはずです。性的な言葉に惑わされることなく、大切な一人の人間として、社会的に認められるようにしていくことも、今後の男女参画社会においての課題であると思います。

 男性、女性を問わず、人はみな使命や役割を持っています。必要とされない人は、誰一人おりません。古い因習やかかわりからの脱却、心のバリアーを外し、人として、人間として生きる姿勢こそ、男女参画社会の意図するところであり、多くの人の幸福、福祉へとつながっていくのではないでしょうか。

(上毛新聞 2002年4月11日掲載)