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農業 橋場幸夫   さん(笠懸町久宮 )

【略歴】桐生商卒。事務所勤務を経て83年就農。元桐生地区青年農業士会会長。笠懸町で、年齢を超えた仲間とともに地域の活性化を目指す「昭和群(むら)おこし会」を結成、代表を務めた。


メッセージ


◎嫌みなく心に伝えたい

 一口に野菜を栽培するといっても品種はさまざまで、栽培工程もさまざまです。トマト・ナス・キュウリ・トウモロコシほか、農家は売るためですから一つの種類を数千本から数万本という単位で栽培します。栽培工程に違いがあっても、それら一本一本に手入れが必要であることに違いはありません。

 わが家でもビニールハウスでトマトを作りますが、四月ごろからはトマトの成長も速く、古くなった下葉の手入れは欠かせません。「手入れが一通り終わるころには、また初めから手入れが必要になる」。これは農家の語りぐさです。町のカタクリさくら祭りの時にガレージセールを何年か開催しましたが、「この忙しい時に」と家族からはブーイングでした。

 とにかく手間の必要な作業で、その上病気にかかったトマトがあると一層ストレスが上がります。トマトには灰色カビ病が発生します。収穫前の実を腐らせ胞子で増えて次第に葉や茎まで腐らせる病気です。ハウス全体に広がってしまうと大変なことになるので見落とせません。

 野菜に向かって同じ手作業を繰り返していると、とりとめのない思いが巡ってきます。先日、小学校へ上がったばかりの娘と「風の谷のナウシカ」という宮崎駿氏のアニメビデオを見ました。何度見ても感動する物語ですが、今回はクライマックスで涙ぐむ娘の姿に感動したりしました。

 物語の中に猛毒の胞子を発生させる“フカイ”と呼ばれる森が出てきます。この胞子が風の谷の実り多き森林を一夜にして腐らせてしまうという場面がありました。谷の暮らしを支えてきた大切な森林を自ら焼き払わなければならない谷の人々の苦渋と絶望が描かれていて、この場面が強く印象に残りました。毒胞子の色、形状、増え方がトマトの灰色カビ病によく似ていて、人々の苦悩は農家の私の気持ちにそのまま重なるからです。ナウシカを初めて見た二十代前半のころは主人公のかれんで勇気に満ちた行動にばかり目を奪われていましたが、農業に従事し年を重ねたことで側面の物語にも感動を味わうことができたのでしょう。

 また、物語には国益や自分の地位を優先し、勝手な理屈で自然破壊を繰り返す大人たちの姿も描かれています。それはまさに現代人への警告のメッセージであるわけですが、アニメーションという手法と主人公が思春期前の純真な少女であることで嫌みなく心に伝わってきました。

 思えば私も仲間とともにガレージセールやひな祭り展に“リサイクル・地域おこし”といったメッセージを託して活動していますが、私たちの意図が参加してくれた人々に嫌みなく伝わっているのか、あらためて考える必要があるなと思います。人それぞれの立場をもっと考え、堅苦しくない方法で心の交流がもてる活動を目指していくべきだなぁ…。

 ふと、われに返ると目の前には手入れを待つトマトの並木がまだまだ続いています。でも、このような前向きな思考がわいて出てくる時は、心なしか作業もはかどる気がするのです。



(上毛新聞 2002年5月2日掲載)