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ぐんま天文台観測普及研究課長 倉田 巧さん(高山村中山 )

【略歴】沼田高校、群馬大学教育学部卒。昭和54年から吾妻郡、沼田で小・中学校勤務。平成7年より県教委指導主事として、天文台建設に携わる。平成11年より現職。

天文普及環境

◎文化水準が高いあかし

 その昔、「天文なんぞは腹の足しにならない、ごくつぶし学問」と言われたこともありました。しかし、世界各国での天文普及環境を見てみると、天文普及環境と国力とには面白い関係があり、ごくつぶしとは全く違う姿が見えてきます。

 天文学は科学の中でも基礎学問という範疇(はんちゅう)で、学術研究の結果がすぐにわれわれの生活に反映するような実用的な研究領域ではないのです。電子技術や半導体、バイオなどは成果がすぐに民生品として、われわれの物質的生活を豊かにしてくれます。こういうたぐいの研究資金は比較的潤沢で、どんどん発展していきます。

 宇宙や星、銀河のこと、生命の起源などを解明していくのが天文学です。これらが分かったとしても、腹の足しにはなりません。ではなぜ、ぐんま天文台なるものを、しかも県が造ったのでしょう。天文台が成り立つためには俗に言う「衣食住」が足りていなければなりません。今日の米を、明日の命を心配しているところでは天文どころではありません。本県がこういう施設を持てるということは、まずは平和で、生活文化レベルが高いということで、実に喜ばしいことなのです。宇宙のことを知るということは、巡り巡って自分の存在を問うことになります。悠久不変の大宇宙の中になぜ自分がいるのか、どう宇宙は始まり、どうなっていくのか、まさに「知的好奇心」を満足させる究極の学問なのです。

 実際に観測や研究をしていくためには「道具」が必要です。それは望遠鏡であり、観測装置であり、解析計算機です。これらハードは、実は最先端技術の固まりなのです。場合によっては、これらの道具を地上でなく宇宙空間に持っていく必要もあります。そうなれば、ロケット技術もなくてはなりません。次に、センスのいいアイデアを持った、それらを手足のように扱う優秀な研究者です。創造性のある人材の教育には、多くの時間と費用がかかります。これらハードとソフトの環境を一国で持つことはとても大変なことで、先進諸国にほぼ限られます。

 高度な学術研究や先端技術産業は、誰でもすぐに始められるものでなく、また、いったん撤退すると、再参入は不可能といわれます。日本は幸運な環境が今の状況を支えていることを忘れてはいけません。歴史上、世界が大きく変わるときにうまくその流れに乗れたのです。それは、明治維新や産業革命であり、戦後の経済成長です。特に戦後の荒廃の中、米国を中心に多くの支援をも受けました。だから日本は、唯一アジアでG7になれたわけです。

 奇跡的幸運、日本の持つものづくりの技、高い教育レベル、これが今の日本、天文学を支えているのです。ロケット打ち上げに失敗はつきものです。ロケット技術は「国力」ですから。自前でやることに意義があるのです。また、日本は資源の乏しい国です。資源は優秀な人材ですから、教育レベルを落としてはいけないのです。天文をやりたくても環境が整わなくて思うようにいかない国はいっぱいあります。

 戦後の焼土で受けた「恩」を「もの」でなく、人材育成を中心に返していくことも忘れてはならないことと思います。天文が身近にあるこの環境はありがたいことであり、日々研さんが必要なのです。



(上毛新聞 2002年5月14日掲載)