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日本吹奏楽指導者協会会長室室長
児玉 健一さん
(松井田町新堀 )

【略歴】松井田町で学習塾を経営するかたわら、1978年に音楽グループ「からす川音楽集団」を立ち上げ団長に就任。96年に中国・承徳市栄誉市民。昨年6月から同集団名誉団長に就任。



心の充実度

◎文化大国へ方向転換を

 ヨーロッパに出張すると、移動に列車を使うことが多い。もちろん航空機の方が時間の短縮になるが、いつも景色が同じで味気ない。

 幾つか好きな路線があるが、特に気に入っているのがウィーンからザルツブルクへ行く路線だ。列車名も『モーツァルト号』。ドナウ川に寄り添うように進んでいく。特に紅葉のシーズンの美しさは言葉にならない。カメラでどこを切り取っても絵になってしまう。

 何度かこの列車に乗るうちに「なぜ美しいのか」考えるようになった。そこで気がついたことはごく単純なことで、電線、鉄塔、広告看板、不必要な堤防など、目障りなものがほとんどないだけだった。

 二〇〇〇年八月。からす川音楽集団ジュニア管弦楽団がウィーン楽友協会ホール(通称黄金ザール)で演奏会を開催した。この演奏会には幾つかの目的があった。第一に一九九四年にウィーンから招いたバイオリン講師のL氏の凱旋(がいせん)公演であった。からす川音楽集団の活動の意義に賛同したL氏は来日し、六年間高崎市を中心とする地域の子供たちにバイオリンの指導を続けていた。その功績を彼の故郷で披露することだった。

 第二に「子供たちから子供たちへ」を合言葉に、コンサートの収益をSOSキンダードルフという孤児院に寄付することだった。実際、百万円近い寄付金を出すことができ、そのお金で同施設では子供たちに楽器を購入した。

 そして、この演奏会の最も重要な目的は日本の音楽作品をたくさん演奏し、音楽を通して日本の文化や風土を多くの方々に知っていただくことだった。夏休みにもかかわらず、会場にはたくさんの方々が駆け付けてくれた。演奏も心のこもった最高の出来だった。指揮をしていた私は演奏中、体が震え出し、うかつにも涙を流してしまった。

 演奏会から数日たってうれしいメッセージがたくさん届いた。この演奏会に来てくれた方々からだった。ウィーン州議会議長さんをはじめ、枢機卿からL氏の友達まで、その数はアルバムになるほどだった。

 その中に、今でも忘れられない文章がある。「あなた方の楽団が日本のどこに存在するか私には分かりません。しかし、このような音楽を生み出す町は一級の町でしょう。きっとオーストリアのザルツブルクと同じような町ではないかと考えております…」

 二十一世紀を迎えた現在、私たちは未来のために人と自然の調和を図り、心の充実度を高めていくことを第一に考える必要がある。そうすれば日本の特技である「ものづくり」も、大量生産から脱却し次が見えてくる。さらに不必要な社会資本整備で無駄な税金を使うこともなくなるだろう。経済大国から文化大国に方向転換することが急務に思う。


(上毛新聞 2002年5月18日掲載)