視点 オピニオン21
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臨床心理士 樺沢 徹二さん(渋川市行幸田 )

【略歴】東京学芸大卒。61年渋川北小を振り出しに教職に。98年渋川古巻小校長で退職。教育相談に携わり、退職後はスクールカウンセラー。東京学芸大、高崎経済大などで講師を務める。

揺れ動く母親

◎持ちたい身近な応援者

 保育(幼稚)園児の母親を対象とした「子育て支援セミナー」に、お手伝いを依頼されます。その時「あなたのお子さんは『目の中に入れても痛くない』ほどかわいいですか」と尋ねますと、すかさず「全くその通り」という答えが返ってきます。さらに「お友達と遊んでいてわが子が乱暴したり、電車の中で大声でぐずりだした時、また何度言っても後片付けができない時など、どうしますか」と尋ねます。すると同じ母親が「急いで改めさせたい」「わたしのしつけ方がとがめられる」という思いから、「大声でしかる、体罰を加える(ぶつ、つねる等)」をしてしまうと答える人が少なくありません。客観的に見れば、子どもは自分の置かれている状況が理解できず、自分をコントロールする力も育っていないので、理解できるように丁寧に教えていかなければならないことなのです。幼児は、いつもそばにいて必要な時に、時間をかけてかかわれる人を求めています。

 母親は「子どもはかわいい宝物」と思う一方で、身につけてほしいことが不十分であったり、他人に迷惑をかけてしまう状況に直面したりすると、感情的に厳しくあたり、突き放した扱いをしてしまうことがあるようです。その後で、厳しくしかってかわいそうだという思いから抱きしめ、物を与えてしまうということも見られます。

 子育ての中で「かわいい」と「困った」との間を行き来して揺れ動いている母親の姿が浮き彫りされます。「かわいい」と思うときは子どもは、母親から信頼や安心、保護の気持ちを感じます。半面、「困った子」と感じた時、子どもは突き放される。見捨てられるという不安を強く持ちます。揺れ動くことについて話し合いますと、「身の回りには、マニュアル通りに操作すれば目的が達せられる、結果がすぐ出ることが多いので、本来、時間のかかる生命あるものの育成は別なのだという認識が不足してしまいがち」という意見が出されます。現代の母親はかわいいから「引き寄せる」思いと、早く一人前になってほしいから「突き放す」思いの、相反する間を振り子のように揺れ動いている、そして育児を楽しいと思えず、疲れていらいらしている時があるという状況にあるようです。

 育児に疲れている若い母親に、だれかに支えられているか尋ねると、しばらく沈黙が続きます。この母親の周囲に、孤立させず、楽しく子育てができるよう、温かい手を差し伸べる人の姿が見えにくい状況がうかがえます。若い母親の身近に、一人でも多くの応援者が駆けつけられるように、また母親は努めて応援者を身近に持てるようにとの願いを込めて話し、研修会場を後にします。

 熱心に聴いてくれたことに感謝し、「明るく、元気な子に育つよ、きっと」と確信をもって帰路につきます。

(上毛新聞 2002年6月5日掲載)