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高崎経済大学地域政策学部教授 河辺俊雄さん(東京都世田谷区野沢 )

【略歴】京都市出身、京都大学理学部卒。東京大学大学院医学系研究科博士課程修了。同大医学部保健学科人類生態学教室助手。92年高崎経済大学助教授、97年から現職。
宗教と戦争


◎身体サイズに強い影響

 地球環境は危機的状況にあるものの、世界各地には自然の中で生活を続けている人々も少なくない。とはいえ、人々の暮らしは自然環境だけで決まるのではなく、人間のつくりだした文化環境も大きな役割を果たす。

 伝統社会は、それぞれの固有の文化を持っている。そこでは物質的な側面だけではなく、人間の理解を超えた超自然的な現象も重要で、人間・自然・超自然が一体となり、宗教(もっとも広い意味で)が大きな影響を及ぼす。日常生活の中でのトラブル、いさかい、ねたみ、憎しみ、怒りなどの問題が邪術という形で解決され、人々があまねく邪術を信じるときには、それは大きな力を持つことになる。邪術への恐怖、つまり邪術の犠牲になることへの恐れ、それだけではなく邪術師と疑われることにも恐怖し、それが大きなストレスとなる。

 文化環境の中で、強いストレスを与えるような要因としては、この邪術のような宗教と、戦争(さまざまな規模のものがある)を挙げることができる。そして宗教や戦争は、身体のサイズや体形にも強い影響を及ぼす。

 パプアニューギニア西部州のノマッド地域は、北と東を急峻(しゅん)な山地に遮られ、南と西を大湿地帯に囲まれているが、熱帯雨林気候のため蚊やヒルは多い。この地域で最強のベダミニ族が、植民地政府に対して武力抵抗を長く続けたため、植民地政府やキリスト教会などの外部との接触は非常に遅れた。

 調査を行ったのは、サモとクボの二つの言語族が十二の集落で混住しているところである。ここにはロングハウスといわれる成人男性が寝泊まりする大きな家を中心に、数家族が集まって集落を形成する伝統が残っている。人口は約千二百人で、生業はバナナやイモ類を主作物とする焼き畑とサゴヤシの利用、そして弓矢猟である。食物摂取調査の結果では、エネルギー摂取量は約三〇〇〇キロカロリー(バナナが50%、サゴが40%)と多いが、タンパク質摂取量は約三〇グラムと少ない。

 サモ・クボの身体計測結果は、自然環境から予測される数値よりも低い数値となった。体格指数の一つBMIがとくに低値を示し、体格が劣っていることが明らかになった。ノマッド地域は、背後の急峻な山地と大湿地帯とに囲まれ、マラリア禍に悩む地域ではあるが、水に恵まれ緑豊かであり、動物相も貧弱ではない。雨期と乾期の差もそれほど極端ではなく、比較的穏やかな自然環境である。しかしながら、穏やかな自然に暮らす人びとが穏やかであるとは限らない。サモ・クボに隣接するベダミニを中心にして、部族間戦争が激しく行われ、殺りくが繰り返されて、多くの者が家族を失った。さらに邪術信仰も強く、邪術への恐怖は強いストレスとなっている。ただし、近年になって、キリスト教原理主義を奉ずるSDAに改宗する者が増えたが、その厳しい食物規制のために野ブタなどの狩猟獣の肉を食べることができなくなり、食物・栄養条件はむしろ悪化した。

 このように、宗教と戦争は伝統社会においても強く影響し、体格の悪さにつながっている。

(上毛新聞 2002年6月22日掲載)