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烏川流域森林組合代表理事組合長・原田 惣司さん(倉渕村岩氷 )

【略歴】日本大学芸術学部専門部卒。倉渕村教育委員、同議会議員、同消防団長、同収入役などを経て、現在は烏川流域森林組合長、倉渕山岳会長、群馬郡文化協会連絡協議会長などを務める。
シオジ


◎活用したい強い生命力

 私たちの村には北限の植生と確認されたものが三つあります。これは昭和六十一年に群馬県自然環境調査研究会によって明らかにされたものです。植物の北限とは、これより北に同種の植物の自然群生はないといわれる場所で、北方にエリアをのばそうとする植生の最前線ともいえる所なのです。シオジ、ゆくの木、ヒメウワバミ草などがそれですが、これらの植物がいずれも標高一、〇〇〇メートルから一、五〇〇メートルにかけての厳しい自然環境の中で生き残っております。

 中でもシオジはその代表格にふさわしく広範囲に植生を広げ、相間川源流付近から袈裟丸沢、霧の気堀沢、白沢、赤沢から烏川源流にかけて所々で見事な林相を見せてくれます。シオジは落葉高木で標高が二十五メートルから三十五メートルにも達し、真っすぐに天に向かってのびる太い幹には途中の枝は少なく樹冠で太い枝を四方に広げて、やわらかな薄緑色の葉柄を付けた小葉を天空に並べたように開き、さわやかな木陰をつくります。葉の間から落ちる適度な木漏れ日が樹下に快適な空間を提供してくれるのです。このようなシオジの天然林も一時期、有用家具材として乱伐されたことがあります。すなおな木性(きしょう)とサーモンピンクの芯材(しんざい)が人々を魅了したからでしょう。乱伐された跡は多くは杉・ヒノキ等の人工林に改植されました。今や西上州では林道の開けない奥山の沢筋に渓畔原生林としてかろうじて残されている貴重な存在となってしまいました。

 私はシオジの森の中を歩くと、なんとなく心が和み、古里の自然に抱かれているという安堵(ど)感に包まれます。沢のせせらぎとシオジ林の木漏れ日に独特の空気の流れが感じられ、なにか懐かしいにおいがするのです。

 こんなシオジ林が一斉に倒れたことがあります。四十年前の伊勢湾台風の時でした。白沢の角落山北斜面が台風の直撃を受け、樹齢二百年前後と思われる大木が根こそぎなぎ倒されました。直径八十センチもあろう大木が折り重なって沢をふさぎ、見るも無残なありさまでした。しかしそれから四十年を経た今日、その木はいまだに腐朽することなく沢筋の所々で横切るように土砂を食い止め、天然の砂防堰(えん)堤の役割を立派に果たしているのです。あと四、五十年このまま土砂を食い止め、その上に芽生えた実生が立派なシオジ林をつくるまで頑張ってほしいと願いながら見守っています。

 このようにシオジの材の強さや土壌のないガレ場でも発芽する強い生命力は見る人を感動させ励ましてくれます。この生命力を何とか活用することはできないだろうか、荒地に強いシオジを荒廃を食い止めるために群馬の水源林に活用できないものだろうか、などと考えていました。

 ところが昨年、松井田山岳会が森林管理局の協力を得て裏妙義の金洞沢の植栽不適地とされていたガレ場にシオジ五百本をボランティアで植林した、という話を聞きました。さすが故郷の自然を愛する山男たちと感服しました。良い事をただちに実行に移す松井田山岳会に脱帽して敬意を表します。


(上毛新聞 2002年6月23日掲載)