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東京福祉大学社会福祉科実習担当主任教授 
ヘネシー 澄子 さん
(伊勢崎市中央町 )

【略歴】横浜市生まれ。ベルギー、米国に留学し、デンバー大学大学院で博士号を取得。インドシナ難民支援のためアジア太平洋人精神保健センターを創立、所長として活躍。2000年から現職。
褒めること


◎自己尊重と自信深める

 今から十年ほど前に、米国カリフォルニア州で、幼児期に中国系難民として入国した四十代の女性を対象に調査が行われた。調査の目的は今思い出せないが、母と娘の人間関係に関する質問に、「私は母から愛されたことがない」と答えた女性が83%もいたことを記憶している。どうしてそう感じたかという質問に、「母から叱(しか)られても褒められた記憶がないから」との答えが一番多かった。

 なぜ私がこれを覚えていたかというと、ちょうどそのころ、難民として米国に入国したベトナム女性の自助グループを指導していたからだ。この女性たちは戦争に夫を奪われ、戦火から子どもを守り、自分の食を割いて子どもに与え、大変な難民体験をした人たちで、子どもに対する強い愛情を、私は疑っていなかったからである。

 しかし、文化の違うアメリカに住み、愛情を隠さず表現する白人の親子関係を当たり前と思っている子どもは、自分を抱擁したり、キスしたりしてくれないアジア系の親を「愛情のない親」と見たり、叱るけれど褒めないことを「私が嫌いだから」と誤解して、自信を失う。このような親子の関係をカウンセリングで修復するのが、私たち精神保健福祉士の役割の一つだった。

 日本も叱って褒めない文化圏にある。社会規格は厳しく、それに当てはまらない子どもに対する批判は激しい。その社会に適応できるよう、親は幼児期から子どもをささいなことで叱るが、良い事をした時あまり褒めない。

 例えば他の子の玩具を取ると母は叱るが、その子が玩具を返した時に褒めないという場面によく出合う。その時に「Xちゃんに玩具を返して、ありがとう。お母さんうれしかった」という一言で、子どもは、自分は褒められることができる、(母には)価値のある人間なのだと感じる。これが自己尊重(セルフ・エスティーム)の芽生えであって、自信の源となる。成長するに従って、親が傍らにいなくても、親が喜ぶ行動を選べるようになる。

 学童期や中高生になると、親より先生の言動が、子どもの好奇心を助長し、いろいろなことを試す意欲を与える。先生が子どもの失敗に寛大で、失敗から何を学んだかを重視することで、その子の自己尊重と自信を強めていく。自己を尊重する人は、他人を尊重できる。自信を持って新しい事に挑戦できる。失敗を恐れず、失敗から学んで前進できる。

 経済停滞や、企業リストラに悩む今の日本に、失敗に委縮せず、それをバネにして前進できる人材がどんなに必要なことか。ささいなことで幼児を叱っているお母さんを見るたびに、同じように少しの良い行為でも褒めてあげてくださいといいたい。

 できれば褒めるほうが叱る回数より多くなれば理想的である。失敗にもっと寛大になり、小さな成功をも見逃さず、褒めることによって、リスクを冒して、難しいことに挑戦する喜びを知る子どもを育てたい。そして日本の教育者が、そういう子どもたちの個性を伸ばすことに努力してほしい。


(上毛新聞 2002年6月27日掲載)