視点 オピニオン21
 ■raijinトップ ■上毛新聞ニュース 
対照言語学者・ブリッジポート大学客員教授 
須藤 宜 さん
(高崎市上中居町 )

【略歴】高崎高、群馬大卒。東京教育大研究科、ユニオン大、立教大大学院をそれぞれ修了。教育学博士。大学教授を26年間務め、現在米国の大学の客員教授。著書15冊、共著3冊、論文28編。

大学の教師



◎知的意欲育てる指導を

 「日本では真に勉強しようと思って大学に入る者は少ない。高学歴の流れの中で、取りあえず大学に入る者が多いと思う。一方、アメリカでは、大学生活の中で『講義・ゼミ』などを重要視している学生が半数を占めているという。そして、教師は多くの課題を出しているとも聞く。しかし、日本の大学では、本当に指導しようとしている教師はほとんどいない」

 “遊々”勉強/日本の学生 授業以外の勉強時間 米の4分の1―こういう見出しの新聞記事を示し、学生に論じさせたものである。大学に真の指導が稀有(けう)という指摘は痛い。

 学生の学力の低さや、授業に対する関心の薄さを嘆く教師は多い。しかし、要は学力低下の訴えより、入学させた学生に知的意欲を引き出す指導である。だが、意欲を育てる認識や、表現の技法の訓練が大学では不十分である。表現の指導に熱心な教師は少数派であろう。

 そもそも日本の大学では、教師が教育活動に打ち込んでいるとはいえない面がある。その原因は、まず教授陣の評価の重点が研究面に置かれていることである。次に「教うるは学ぶの半ば」で、教師は学生から学ぼうとする姿勢が大切だが、この視点に立っていない。

 学生との双方交流の対等な関係を築けば、学生の性向が見え、適切な指導ができる。多くの学生は意欲がわくような指導を受けていないので、自主的活動が難しいといえる。さらに情報社会で、手や口を十分に使って読み書きをしていないので、深く考えようとしない。図らずも、指導の弱点と学生の不足している学習が一致した。読み書きの演習である。

 私は八八年に教養演習を必須科目として新設し指導した。目標は「自己の生き方を見いだすために体系化した知識を学び、主体的思考力を養い、自らを表現する」とした。演習担当者には、暗記型から問題発見型への指導を、文章を通して自ら範を示すという率先垂範型をお願いした。また、全学の行事として、学内の教員が推薦した「私の推薦書」から選んだ本をコア(核)としてブックリポートを書かせた。関連した資料を調べ、対象を深め、実証的に論述させるものであった。しかし、残念なことに、リポートの提出は常に受講者の5%ほどであった。リポートの中には、誤字、当て字や語法上の混乱、構文全体に目が届かないものが目立った。主体的思考力を養う指導こそ急務で、意欲をもって種々の対象に取り組み判断させ、自らを表現させねばならない。このためには授業時間だけでは足りない。

 私は教養演習で教室外の学習の一つとして「写し書き帖(ちょう)」を配った。そして毎日の読み物から感動した部分や、知識として大切な個所を写し書かせた。こうして年間授業数の四十五時間に加え、百八十時間の教室外学習を課した。ちなみに英語指導も同様で、教室外の学習として授業の倍の時間を英語母国民に録音させた教材で学習させ、授業で確認した。

 学生と教師が共に学ぶという意識が大切だ。共に努力する中に、学びの効率性が潜んでいる。


(上毛新聞 2002年8月27日掲載)