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ケアホーム「家族の家新里」施設長 渡辺 高行さん(新里村新川 )

【略歴】専修大経営学部卒。県内の老健施設勤務後、95年に痴ほう性老人のグループホーム「ケアホーム『家族の家新里』」を設立した。県痴呆性高齢者グループホーム連絡協議会副会長。

痴呆のケア



◎普通の生活を構築する

 二十世紀から今世紀にかけての科学の進歩はすさまじいものがあり、医療の分野も例外ではなく著しい発展を遂げている。新薬や新しい医療技術の開発により、それまで不治の病とされてきた疾病が克服され、人類に大きな貢献をしてきた。

 しかし、それにより、大幅に平均寿命が延び、先進国は高齢化社会という新しい課題を負うこととなった。その中でも、日本の高齢化のスピードは群を抜いており、現在、さまざまな問題が噴出している。寿命が延びることは、けして忌むべきことではない。しかし、その副産物として実に多くの痴呆(ちほう)老人を生む結果となってしまった。人生五十年の時代には、そもそも惚(ぼ)ける年齢までは生きられなかったのが現実である。したがって、医療の進歩、言い換えれば、この時代が必然的に痴呆を大量に生んだといえるであろう。

 残念ながら、医療は一部の痴呆疾患を除いて痴呆を治癒させる力を現在持ち合わせていない。近い将来、医療的に完治が可能となるであろうが、現在はケア(介護)が主力であり、将来的にも重度まで進行してしまった痴呆は医療では対応が難しいであろう。では、現在、行われている痴呆の現場のケアはどのようなものであろう。

 先月、Mさんのデイサービスが開始となった。脳出血、痴呆で要介護5。歩行は極めて不安定で片時も目を離せない。病院に入院していたが、問題行動が多く、退院を勧告されて家庭に帰る。すぐに昼夜逆転、暴力が出始め、緊急避難的に通所介護の開始となった。開始早々、食事や水分が取れず、脱水状態。何とか水分や食事を取っていただこうとしたが、必要量が摂取できない状態が一週間続く。ケアマネジャー(介護支援専門員)とも相談し、対応策を考えるが、再入院も難しい状況であり、施設の協力医と相談のうえ施設で点滴を行うこととした。

 また、向精神薬が入院していた病院から多量に処方されていたので、医師と相談のうえ、すべて切ることにする。毎日二回、四日間の点滴でかなり脱水状態が回復するとともに、見る見るうちに食欲が回復し、会話が可能となり、歩行まで安定してきたのである。家庭での暴力や昼夜逆転も収まり、現在、毎日元気に通所介護サービスに通われ、外食までできるようになっている。

 このような例は、決して特別なことではない。また、特別な介護技術や医療を施したわけでもない。要するに、病院や向精神薬といった、異常な状態からごく普通の状態へ戻しただけのことである。病院や薬が異常と言うのはいささか過激かもしれないが、少なくとも、Mさんにとっては異常であったと言わざるを得ない。そして、現実に他の多くのMさんが存在するのも事実である。

 高齢者の場合、特殊な環境に対する抵抗力は極めて弱いと見なければならないのである。痴呆になりにくい環境とは、決して特別のものではなく、正常な人間関係が存在する、その方の普段の生活そのものであるといえる。私たちは痴呆介護の専門職として、日々、普通の生活の構築に汗を流しているといえるであろう。

(上毛新聞 2002年8月30日掲載)