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日本蛇族学術研究所所長 鳥羽 通久さん(高崎市小八木町)

【略歴】高崎高校、東北大理学部卒。生化学専攻でヘビの毒性を主に研究。卒業と同時に日本蛇族学術研究所に勤務、97年から現職。日本爬虫両棲類学会評議員。医学博士。

毒ヘビ



◎少ない抗血清保有施設

 昨年の九月十一日の夜、私は都内のホテルに宿泊していた。テレビをつけると、ビルに激突する飛行機の映像がうつり、一瞬「ん、これは映画なのかな、それとも事故かも…」と思ったのだが、あとはご承知の通りで、つい夜更かしをしてしまった。

 なぜこの夜都内にいたかというと、その翌朝、一番の便で高松へ飛ぶ必要があったからである。ニューヨークのテロの前に影が薄くなってしまったが、実は香川県の丸亀市で、コブラらしいヘビが見つかったので、どんな種類のコブラなのか鑑定を依頼され、対策を相談されていたのである。

 テロの余韻がさめないまま、飛行機に搭乗し、寝ぼけまなこで高松に着いてみると、ヘビは紛れもないキングコブラで、全長一・八メートルくらいの、まだ若い個体だった。キングコブラは毒ヘビでは最大で、全長五メートルを超えた記録がある。毒はふつうのコブラほど強くはないが、頭が大きくて毒量が多いので、かなり危険な毒ヘビである。

 見つかったときの状況から、このキングコブラは、丸亀港に陸揚げされた輸入材木に紛れ込んでいた可能性が高い。港で仕事をしている人の話では、見たこともないようなヘビがいて、海に捨ててしまうことは時々あるという。また、キングコブラがこのような形で見つかったのは、これが初めてではなく、一九七四年には北海道の釧路港で、やはり輸入材木の中から見つかっている。

 外国の毒ヘビがこんなに簡単に入国してきて、大丈夫なのだろうか。こんな状況では、誤って誰かがかまれる事故が起こることは、夏の季節には十分考えられる。その際、特効薬となるのは抗血清で、基本的にはかんだ毒ヘビの種類に対応した血清が必要になる。だから、万全を期するのであれば、世界中のすべての毒ヘビに対する抗血清を備えておかなければならない。しかし、残念ながらそのようなシステムは整備されていない。

 では、もし事故が起こったときはどうするのか。現状では、外国の抗血清をいくらかでも持っているのは、そのような毒ヘビを飼育している施設だけで、ごく一部の動物園と、私らの研究所しかない。もちろん、かんだヘビの種類を識別することがまず第一で、それができる人材となると、さらに限られてくる。

 日本の動物園は、外国産の毒ヘビの飼育展示には消極的で、私は常々不満を持ってきた。何かあったときに、毒ヘビの識別や扱いができる人が必要だと思うからである。

 しかし、当分はわれわれがこういう問題を一手に引き受けなければならないと思っている。最近はヘビの写真をインターネットで送ってきて、瞬時にヘビの識別ができるようになったので少し楽になった。実は香川県の事件でも、前日の夕方、ある新聞社から画像が送られてきて、キングコブラであることは分かっていた。したがって、抗血清もキングコブラ用だけを持っていったのである。

(上毛新聞 2002年9月27日掲載)