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前橋育英高校教諭・群馬陸上競技協会強化部強化委員長
安達 友信さん
(伊勢崎市八坂町)

【略歴】中之条高校、順大体育学部卒。86年から前橋育英高校教諭。現役時代は中距離選手としてインターハイ、全国高校駅伝、インカレ、国体などで活躍。監督では県総体、県高校駅伝など優勝。

続・ストレス


◎運動は適度が望ましい

 今回は、運動が体に及ぼすさまざまな影響を医学的・科学的な分析結果を紹介しながら、前回(八月二十四日付)に引き続きストレスについて考えてみたい。

 ストレスには、生理学領域では生体の緊急反応系を説いたものと、汎適応症候群の概念を説く学説とがあるようだが、具体的には副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)の分泌増加の有無をストレスの指標として定め、それに基づいて進められている研究が多い。

 ヒトは運動不足になると身体的・精神的ストレスを受け、その結果として心臓血管系などの内科的疾患、腰痛症や緊張症候群などの筋・骨格系の疾患、あるいはノイローゼやうつなど精神医科学的疾患などにかかりやすくなる。適度な運動が生体の持つ恒常性の維持に不可欠である。しかし、運動もやりすぎると逆にストレスを受け、内科・外科的疾患はもちろんのこと、運動傷害やうつ病になることがある。
 かつて世界的なマラソンランナーであった米国のサラザール選手が、あらゆる医学的治療の甲斐(かい)もなく、まったく走れない十年間を過ごしたが、最後に行った抗うつ薬の投与が症状を一気に好転させ、復帰第一戦で見事に優勝したことは有名な話である。

 その運動ストレスは、どの程度のレベルで起こるかというと、最大酸素摂取量(単位時間当たり血中に摂取できる酸素の最大値)の約50―60%付近である。エネルギー供給の面から見ると、有酸素系から無酸素系へ移行するタイミングと一致する。そしてこのとき血液中に乳酸が蓄積し始める。簡単には脈拍を調べる方法がある。およそ一分間に一一〇―一三〇拍付近に相当する。このレベルを超えると、先にのべたACTHや脳内化学物質が増加し始めて運動ストレスが起こる。一般的には、ストレスに耐えて自久的トレーニングを続けると、開始四週間目をピークとして以後低下する。生命維持を危うくするストレスでない限り、抵抗期を経て元のレベルにまで回復する。これが「運動適応」である。適度な運動により誰でも「ランナーズハイ」を感じることができる。一週間に三十五キロ以上走り、十五カ月以上継続しているランナーの約70%が経験しているという。運動により脳血流量が増加し、プラスに働く脳内化学物質が覚醒(せい)水準を変えて「ハイ」を経験する。今、世界中で最も高いレベルでのストレスに耐え、さらに「ランナーズハイ」を感じることができる選手は高橋尚子選手ではないかと思う。

 以上については、かつて一流のハードラーであり、現在、運動生化学研究の第一人者でもある筑波大学の征矢英昭先生の著書の中から参考にさせていただいた。さらに先生の研究で、適度な運動中に多く発生し、ストレス反応を軽減する脳内化学物質の一つには、中枢効果として、学習・記憶の固定作用があると述べている。運動後に持続的に増加すれば、その作用として学習・記憶能へのプラスの影響が期待でき、認知機能にかかわる部位にもその作用が及ぶと考えられるという。運動が勉強にプラスに作用する証拠ともいえるわけである。

 先生との酒飲み話の中で、「安達先生、将来、東大とオリンピック金メダルを同時に目指す塾を協力してつくろうよ」と征矢先生がおっしゃった。冗談ではあるが、医学的根拠に基づいた面もあり随分と夢のある話だなと感心した。

 気功の話、宗教、アルファ波を発生させるという音楽、などなど自己の持つ能力を大きく発揮するための手段についていろいろ耳にするが、いずれにしても誰でも皆、気づいていない未知なる力を備えている。自分を信じ、夢を持ち続け、自ら楽しみながら工夫と努力を続ければ、信じられないような好結果を生む可能性があるということだろう。

(上毛新聞 2002年10月14日掲載)