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ぐんま天文台観測普及研究課長 倉田 巧さん(高山村中山)

【略歴】沼田高校、群馬大学教育学部卒。昭和54年から吾妻郡、沼田で小・中学校勤務。平成7年より県教委指導主事として、天文台建設に携わる。平成11年より現職。

宇宙の法則


◎陽子崩壊は見つかるか

 宇宙の将来はどうなるのでしょう。それを決定するのは、この宇宙が含んでいる物質の量です。宇宙はビッグバンで始まり、現在膨張しています。この膨張が止まり、やがて収縮に移り、「ビッグクランチ」で終わるか、永遠に膨張し続けるか、この鍵は重力です。

 この重力を発生させる物質は、観測で確認できる星や銀河の数十倍から百倍あるといわれています。しかし、光も電波も出さないので見えません。「ミッシングマス」や「ダークマター」といわれる物質とはいったい何者なんだ―。これが現在の天文学トレンドでもあるのです。いくつかの候補があげられていますが、その一つが「ニュートリノ」なのです。先日、小柴昌俊先生がノーベル賞を受賞されたので、みなさん名前はご存じと思います。

 少々回りくどくなりますことをご容赦ください。宇宙のことを考える上でいくつかの予測(理論)が出ています。その中の有力な説に「標準理論」と呼ばれるものがあり、その理論は「物質を作る陽子に寿命がある」ということを示しています。非常に長い寿命(予想では十の三十乗年程度)だが、必ず崩壊してなくなってしまうというのです。このことは、この宇宙が永遠膨張を続けると(ぎりぎりだが、膨張が逃げ切ると現在は考えられている)、宇宙の器(空間)はあるが、中身がなくなることを意味します。

 小柴先生のグループはこの陽子崩壊が本当にあるのかどうかを検証するために「カミオカンデ」を八〇年代につくりました。一個の陽子を観察していても確率としては十の三十乗年待たなければ、崩壊を確認できませんので、十の三十乗個の陽子(実際は十の三十二乗個)を集めて全部を観測するという方法をとりました。陽子が崩壊するとき、「チェレンコフ光」という弱い光をだします。この光を観測するために、水を使いました。しかも、宇宙線などが水分子に当たっても同じ光を出すので、その影響をシールドするため、地下千メートルの鉱山跡を利用しました。標準理論が正しければ、一年間に百例程度の陽子崩壊を観測できる計算ですが、二年たってもまったくその事実は確認できませんでした。つまり、陽子の寿命はもっと長いか、崩壊しないかを意味します。標準理論は修正が必要だったのです。

 そんな中、一九八七年マゼラン銀河に超新星が出ました。超新星は太陽がその生涯の五十億年間営々として放出したエネルギーの数百個分を十秒程度で放出するのに相当するとてつもない爆発です。理論によれば、そのエネルギーの99%を生成されたニュートリノが持ち去ると考えられていました。ニュートリノは普通の環境では一般的な物質とほとんど作用しません。従って、地球もスルリと通り抜けます。しかし、まれに物質に当たってチェレンコフ光を出します。これを小柴先生退官の一カ月前にカミオカンデが観測したのです。

 この結果、超新星のメカニズムが証明され、高精度でニュートリノを観測できる装置であることも同時に証明されました。いつノーベル賞をもらってもおかしくない業績でした。またその後、この装置と筑波の粒子加速器との連携で、ゼロまたは不明とされていたニュートリノの質量を測定する成果も出しました(今のところ、ニュートリノはダークマターの質量としては軽すぎる。別なものがあるに違いないと考えられている)。

 現在カミオカンデはスーパーカミオカンデに姿を変え、陽子崩壊やニュートリノの研究を数十倍の精度で検証できるようになりました。もし、陽子崩壊の事実が見つかれば(間違いなくノーベル賞でしょうが)、人類がこの宇宙を支配する究極の法則を手に入れることにつながります。

 【注】ニュートリノは三種類あり、現在の技術では二種類しか観測できない。将来もう一つのニュートリノが検出可能になり、とても重いならば、ダークマターの候補になれるかもしれない。

(上毛新聞 2002年10月21日掲載)