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全国・上州良寛会会員 大島 晃さん(太田市龍舞町)

【略歴】群馬大学学芸学部(当時)卒。1963年に太田市立北中の教員になり、97年に同市立太田小学校を最後に定年退職。98年に上州良寛会に入会し、2002年秋に「良寛への道」を自費出版した。

良寛随想(1)


◎純粋な日本人の心見る

 良寛のことをたくさんの人に知っていただきたいので、何回かにわたって良寛案内を書かせていただくことにしました。

 今、毎日のように殺伐とした悲しい報道がされています。子どもたちの心を養うべき社会環境も荒廃しているように思われます。こんなときこそ、私たちは立ち止まって、日本人の心のあり方について考える必要があるのではないでしょうか。

 日本人の心や日本的情緒については、数学者で文化勲章受章者の岡潔氏が「日本のこころ」ならびに「純粋な日本人」の題のもとに優れた随筆(むしろ論文)を書いております。例えば、日本人について「民族はそれぞれ心の色どりを持っていると思います。日本民族は、日本民族の色どりというものを持っている。(中略)その民族の色どりと、その人の心の色どりとが一致する人を、私は純粋な日本人といっているわけです(後略)」。私は良寛の中に氏のいう純粋な日本人の心を見るのです。

 良寛は、われわれ日本人が理想として長い年月をかけて心の中で醸成してきた日本人の心、日本的情緒を日常生活の中で具現してみせた人物でした。彼が残した詩歌や書は、彼の心の露のごときものでした。

 良寛の魅力は、接する人間にごく自然に心のぬくもりを感じさせてくれるところにあります。

 彼は常に弱者と同じ地面に立ち日常生活を送りました。同時代の蒲原(かんばら)平野の人々にとって、良寛は仲間であり味方であり、心のよりどころでもありました。子どもたちと毬(まり)をつき、かくれんぼをし、彼らの親たちとは割り勘で酒を飲みました。女装で盆踊りに参加してもいます。そして日常は托鉢(たくはつ)による乞食(こつじき)の生活を生涯貫いているのです。その生き方にすがすがしさを感じずにはいられません。

 岡氏には「春の野の菫(すみれ)は、ただすみれのように咲けばよい」という語句もあります。これは日本人の好む心情や生き方を可憐(かれん)な春の花スミレになぞらえて情緒的に述べたものと思います。良寛はスミレのように咲き、スミレのように去っていった人でした。

 彼が生涯を通じて示した、その素朴さ、公正さ、含羞(がんしゅう)、童心などの源泉となっている淳真(じゅんしん)な心を多くの人に知ってほしいと思っています。

 なお、私は二十五年ほど前に吾妻在住の古い友人から岡潔著『日本のこころ』(講談社文庫)を読むことを歓められて以来愛読しております。名著だと思いますので、まだお読みでない方にはこの本の一読をお歓め致します。

(上毛新聞 2002年11月10日掲載)