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県保護司会連合会会長 若槻 繁隆さん(伊勢崎市茂呂)

【略歴】大正大学文学部卒。1952年から、保護司、高校教諭として活躍。88年、太田高校長で定年退職。退魔寺住職として前橋刑務所教誨(かい)師を務め、受刑者への説話を続けている。

生と死


◎命軽視の風潮を悲しむ

 この世に「生」を受けたものは、必ず「死」を迎えるものであることは、「生者必滅」と説かれていて、十分に理解されていることである。事実、われわれの周囲で幾多の「生命」あるものが、死んだり、枯れたり、他の力によって生命の終局を迎えさせられたりしている。そして己もまた「いつの日にか」と考えると、反省させられたりもするし、家族や愛する者のことを思うと、「無常」のこの世が、いかに悲しいものであるかということが、一層しみじみと感じさせられるのである。

 今から三十年以上も前のことである。老夫婦といっても、恐らく五十歳代の人ではなかったかと思われる方たちと、まだ一人で歩けない幼児を連れた息子夫婦の五人家族に出会ったことがある。全然、見ず知らずの人たちで、今では名前を名乗りあったのかどうかさえ定かでないのだが、当たり障りのない世間話をしているうちに、その老婦人が、なんとも衝撃的な言葉を、いともあっさりと話してくれたのである。それは「実は私はすでに五年前にがんを宣告され、その時、手の施しようがないと言われたので、それならこのまま病院で死を待つより、家に帰って家族の中で死にたいと思い、お医者さんの止めるのを振り切って、帰ってきてしまったのです。それがどうしたことか、身体はやせ細っていますが、まだこれからも生きられそうだし、息子にも嫁がきて、さらにかわいい孫の顔まで見ることができ、その上こうやって出歩くこともできるのです」と。

 一方、同じころ、ある大寺の住職で、名僧・高僧といわれた方が、体調すぐれず、弟子たちに勧められて、さる大学病院で診察を受けることになった。老僧は診察前に医師に向かって「もし最悪にしてがんであったら、あとどのくらいの寿命があるか教えてほしい。残された期間にやらなければならないことがあるので…」と言ったそうである。聞いた医師は「さすが名僧・高僧といわれる人は…」と思い、診察の結果、がんであることを正直に話し、「現状では、あと一年は大丈夫」と伝えたが、それから約一カ月でその方は遷化(せんげ)されたということを、読んだか、聞いたかしたことがあった。

 昨今、がんの告知の是非について種々議論が交わされているうえに、検査・検診無用論まで出ている中で、この二つの話を対比してみると、前者には「死」に対峙(たいじ)した悟道の境地か、もっと極端に言えば、自らの「生と死」を見つめきった姿が見えるような気がするし、後者には、本来超越していると自他共に認められ、思われているような人であっても、人間であることによって、実際には人の心の弱さ、脆(もろ)さを如実に示しているような気がする。

 三十年以上も経過した今、あの老婦人がどうなったかは知るすべもないが、たとえ亡くなられたとしても、きっとほほえみを浮かべて、天寿を全うした満足感あふれる姿で、密厳浄土に旅だったに相違ないと確信されるのである。

 与えられた「生命」を大切にしなければならないことは、誰でも口にする。にもかかわらず、このごろは幼児や小学生の命までも短命に終わらせるような事件が頻発している。一体、「人の命」を何と考えているのだろうか。「自分が」または「自分の大切な人が」そのような目にあったら、どういう思いを持つのだろうか。これは今毎日のように報道されている「拉致」された人、その家族の思いとも共通するものがあるような気がする。

(上毛新聞 2002年11月17日掲載)