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前橋工科大教授 樫野 紀元さん(さいたま市高鼻町)

【略歴】大阪府生まれ。東京大工学部助手を経て、国土交通省建築研究所入所。同研究部長を務め、2001年4月から前橋工科大工学研究科教授。著書に「日本の住宅を救え」などがある。

供給者側の論理


◎価値意識だけを優先

 数年前、テレビを買おうと街の電気屋に行った時のことです。「43型が欲しいのですが」「従前の標準型は置いていません」「なぜ」「今、横長タイプが売れ筋だからです」「……」

 家内がポットを買いに行った時の店員とのやりとりです。「ガラスの魔法瓶型が欲しいのですが」「今ありません」「電気保温式では電気代が掛かるし、炭酸ガスをより多く出すもとになるではありませんか」「そう言われても、メーカーが作らないのですから」

 ある委員会活動の一環で私は、いろいろな製造業者にこのことをヒアリングしました。ほとんどが「きちんとした市場調査に基づいて製品を出している」という回答でした。私は大いに疑問です。自分たちで“売れ筋”をつくって商売しているとしか思えません。これでは、生活者の選択肢があまりに少ないではありませんか。
 階段の電気スイッチが不調で修理を頼んだ時は、約束の日時を二日過ぎてやって来ました。「都合が悪くなりまして」とのことでした。こちらの都合はおかまいなしです。娘の部屋の壁紙を張り替えた時は、職人さんが汗をふきふき、その手ぬぐいで新しい壁紙を張り込んでいました。いろいろな場面で、プロと呼べる人を見かけることが少なくなったように思えます。

 生命保険を解約しようとした時のことです。東京の中心に堂々たる本社ビルを構える保険会社です。「あなたは解約できません」「なぜですか」「今、わが社は解約撲滅キャンペーン中だからです」。結局、解約には一カ月かかりました。

 すべからく供給者側の論理でものごとが進んできたように思われます。供給者側が自分たちの価値意識だけを優先して、すべてが行われてきたように思われます。雑菌混入の雪印問題も、原子力発電所の問題も、薬害エイズの問題も、BSE(牛海綿状脳症、狂牛病)の問題も、同根のように思われます。

 テレビも本も、文化の担い手も、つくられたタレントやブームに踊らされている始末です。豊かな社会とは、とてもいえない状態にあると思います。

 一部の政治家や高級官僚たちも、実のところ、生活者主体というより、自分たちの都合や勝手で、ものごとを動かしてきたように思います。

 市民のために悪代官と悪徳商人の結託を暴き、正義を行うヒーローは、いくら待っていても、なかなか出現するものではありません。

 豊かな社会を実現するためには、結局は自分たちが、いろいろな局面でしかるべき声をあげ、行動するところから始まるということを、私たちは認識する必要があると思います。

(上毛新聞 2002年12月21日掲載)