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東京医科大学病院集中治療室長 小沢 拓郎さん(東京都港区高輪)

【略歴】前橋高、東京医科大学卒。同大学院修士課程修了。同大学付属霞ヶ浦病院、同大学八王子医療センター麻酔科助手を経て、2001年4月から現職。

ICU


◎生命の灯火見逃せない

 病院の中にはさまざまな重症患者さんを治療する“集中治療室”という施設があります。皆さんにはICUと説明した方が理解していただけるでしょうか。ICUはIntensive Care Unitの略で、一九六○年代前半にはやったテレビドラマ『ベン・ケーシー』の中にすでに出てきており、この時に“集中治療室”と邦訳されたそうです。(ちなみにドラマの中で主人公が着用していた半そでの白衣を今でも“ケーシー”と呼んでいます)。

 当時の日本は、全国の大学に麻酔学講座の設置が波及していた時期であり、おそらくはICUと呼べる施設はまだなかったものと推測されます。やがて麻酔科学の進歩に伴い、手術の安全性も飛躍的に増加する一方、術後も厳密な全身管理を必要とするような大手術、また重症例も増加したことは想像に難くありません。時を同じくして人工呼吸器の開発・導入が進み、従来の“呼吸停止=人の死”が成立しなくなってきた時代でもあり、また心肺蘇(そ)生法の発展により、一度は止まった心臓を動かす医療も普及し始めました。

 こうした医学の発展を背景に重症患者さんに対して集学的に全身管理を行う、ICUの設置が始まったのが七○年代に入ってからでした。当初は「いままでICUなしでも診療していたのになぜ必要なのか」といった否定意見も少なくなかったそうです。というのもICUは付帯設備、設置機器や医師・看護師の人員配置に関しても非常に厳しい基準が設けられており、病院にとっては大きな負担にもなり得る施設だからです。しかし、当時の麻酔科医を中心とした医師たちの情熱が設置・運営を認めさせ、その結果予想以上の治療成果を残すこととなり、急速に全国に広まりました。やがてその流れは救命救急センターのICU、小児専門のNICU、循環器疾患を扱うCCUなどに細分化され現在に至っております。

 私は大学卒業後に母校の麻酔科学教室に残り、現在はICUで治療と若き医師たちの教育に追われる日々を過ごしております。ここに入室してくる患者さんの多くは大きな手術を受けられた後、または全身状態が悪化して一般病棟での管理が困難になった方々であり、さまざまな生体情報モニターに囲まれ、人工呼吸器によって呼吸を助けられている方がほとんどです。

 医療機器が発展しさまざまな生体情報に囲まれていると“患者を診ずして数値(データ)を診る”というピット・ホールに陥りやすく、若い医師たちを戒めると同時に自分も戒めています。先人たちから受け継いだ聴診、打診、視診、触診を駆使し、患者さんに宿る生命の灯火を見逃さぬことが重要です。

 “昔ながらの診断学と最先端医療の融合”をモットーに集中治療の現場を守っているつもりです。

(上毛新聞 2002年12月26日掲載)