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おてんまの会会員 鷲田 晋さん(上野村楢原)

【略歴】愛知県生まれ。立命館大学産業社会学部卒。民間教育研修会社に12年間勤めた後、1999年、上野村にIターンし、観光業に従事。村の住民組織「おてんまの会」会員。

豊かな自然


◎山村に少ない案内役

 山村部にいったときによく聞かれる言葉に「観光資源は豊かな自然です」という言葉がある。しかしながら、観光客には「豊かな自然」がどうもうまく伝わっていないようである。観光客は足を止めることなく、自動車の窓から見る美しい風景を「豊かな自然」と思い、村を駆け抜けていってしまう。

 「豊かな自然」とは、例えば落ち葉を踏みしめる足の裏の感触であったり、桑の実や木イチゴなど山の果実の味などであろう。実際に自分が五感を使い、自分の記憶に残ったとき、人ははじめて「豊かな自然」と巡りあえたというのではないだろうか? そしてそういう経験を都会の人にしてほしいし、感じてほしい。

 おてんまの会では現在、「森の郷(くに)・上野村の鼓動」という「豊かな自然」案内のための地図を作製している。この地図に掲載するのは、巨木や名木、紅葉や花の名所・名山、そして、比較的行きやすいけもの道などである。実際に「豊かな自然」と巡りあうためのガイドマップである。少々うるさく、自然との付き合い方も載せようと思っている。少なくとも上野村に来た時には、時間の観念を忘れ、「豊かな自然」の中にとっぷりと漬かってほしい―。そんな思いで地図を作製している。

 昨年十一月に巨木巡りツアーを開催した。根回り十メートルの大きなトチの木に逢(あ)いにいくというイベントである。そして、巨木を見に都会から人が訪れ、木と一体になり、木の生命力や命の尊厳を感じ、お帰りになった。

 「豊かな自然」を伝えるためには、いくつかの条件が必要である。一つは文化や歴史を背景とした、ストーリー性や演出性である。それらは「自然」にアクセントをつけるスパイスの役割を果たしてくれ、何げない景色をドラマに仕立てる力を持っている。上野村では旧十石街道や白井の関所などである。

 もう一つは、そこに連れていってくれる村人の存在である。観光客はやはり自分たちだけでなくそんなとき村の人が一緒だと安心できる。それだけでなく、道すがら、いろいろな村の話を聞かせてくれる。案内役は、山で飯を食ってきた元気なお年寄りが一番おもしろい。

 最後に、「豊かな自然」を切り取り、加工し、都会の人に紹介する人の存在である。プランナー、ディレクターといわれる人のことであるが、どうも「豊かな自然」が伝わらない一番の理由は、この分野ができる人材が山村に欠如しているからのような気がする。

 自分は都会で企業内研修のプランナー・ディレクターとして実績を積んで上野村へやってきた。その経験が、いま村のさまざまなイベントを開催する中で、幸いにも役に立っている。上野村の「豊かな自然」を都会の人に体験してもらうための案内役こそが、上野村での自分の存在理由(レーゾン デートル)であると思う。そして、それが許される限りは上野村で暮らそうと考えている。

(上毛新聞 2003年1月14日掲載)