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県環境アドバイザー 中村 文彦さん(吉井町本郷)

【略歴】日本大中退。ホテル専門学校を卒業後、東京都内の都市ホテルに勤務。1994年、吉井町にIターンして無農薬、無化学肥料による有機農業を実践中。環境問題などに関する講演も行っている。

循環型社会とは


◎江戸時代の生活に学ぶ

 江戸時代と聞いてどんなイメージを思い浮かべるだろうか。封建社会、土農工商、切り捨て御免、鎖国政策。いろいろと頭に過ぎる事柄は、どことなく暗く殺伐とした不自由な社会を想像するのではなかろうか。

 だが、今からわずか百四十年前までの暮らしは、想像する物とは大きく違った生活だったようだ。もちろん、玄関を出れば自動車が行き交い、江戸の街から一時間弱でやって来る高速鉄道などの物はない。群馬は街道の要所であり、宿場町や城下町の面影を残す街も点在しているが、江戸時代にどんな生活をしていたのか、とても興味深い。

 江戸時代は環境面で、ごみゼロ社会だったと聞く。そこには今で言う循環型社会が構築されていた。使い捨てはせず、物は大切に使う。別の役目で再度使える物はまた使う。最後には燃料にする。その灰までも畑の肥やしにするという、完全なサイクル社会。ダイオキシンや環境ホルモンの心配もなく、人口の80%が農民で、農作物は無農薬・有機栽培が当たり前であったし、汚染もない海では豊富な漁業資源が人々の腹を満たしていたことを想像すれば、豊かな暮らしが目に浮かぶ。

 また、江戸時代は日本の日本らしい文化が創造された時代だったと思う。町人文化は、芸術にしても、食べ物にしても、今の私たちの礎ともいえる物が完成された。鎖国政策が功を奏したとも思うが、歌舞伎や浮世絵、にぎりずしやそばきりなど、誰もが思い浮かぶ和の文化、他国に影響されることなく、独創的に完成された文化はこの時代の物がほとんどである。

 何をするにもお手軽ではなかった時代だから、人は自分の時間、自分の人生を大切にしたのではないか。人は楽しむために知恵を絞って生きてきたのだ。

 現代の暮らしをやめて、江戸時代の生活に戻ろうということは、否現実的な話である。しかし、このほんの数代前まで続いていたこの時代に学ぶものは少なくないと思う。先人の知恵とはよく言ったが、私たちの先祖が残してきた(伝えてきた)この知恵の根底に流れる精神を、現代でも十分に生かすべきではなかろうか。この時代に生きた人々が残してきた物はとても合理的で、この国の気候風土に見合い、よく考えられているように思う。

 あらためて循環型社会が提案されている今日にあって、かつて完全な循環型社会であったこの時代の生活の知恵。そして、日本人の心の故郷ともいえる文化の数々を、再発見してみてはどうだろうか。今の行き詰まった生活、環境や経済を変化させていけるきっかけの一つになるはずである。SIow Lifeという言葉が使われるようになったが、過去を振り返るのではなく未来のために、心のゆとりを大切に、身近な暮らし方から見直してみたいと思う。誰もが、より豊かに、より幸せに暮らしたいと願っているはずなのに、実は自分や子供たちに多大な負担をかけ、心の余裕をなくしている現代人にとって、先祖が残してくれたこの知恵や文化、そして生き方から何かを学べるように思うのである。

(上毛新聞 2003年1月23日掲載)