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井田歯科クリニック副院長 井田 順子さん(高崎市末広町)

【略歴】日本歯科大学大学院修了、歯学博士、同歯科大講師。AO認定医。専門は口腔外科。埼玉県立がんセンター、独協医科大助手、東札幌病院医長、日高病院医長を歴任。新潟県出身。

おいしい食事


◎口の機能と深い関係

 私は講演で、「口の機能の大切さ」についての話をする時、決まって参加された方々に投げ掛ける言葉があります。「あなたが○○ちゃんと呼ばれていた時に好きだった食物は何ですか? そして、大切な人や家族と記念日に食べた思い出に残る食事は何ですか?」。ある方は子供のころ、両親や兄弟と食べたおきりこみであると、またある方は、母親が毎日かき回して漬けていたぬか漬けと。一人ひとりが忘れられない食事をその時の情景と共に思い出され、語ってくださいます。

 口の機能と食事の内容は、赤ちゃんから高齢者まで深く関係しています。赤ちゃんは乳歯が生え始めると母乳から離乳食へ、だ液をはじめ消化液と顎(あご)や舌の機能が十分に備わってくると大人と同じような食事が食べられるようになります。機能が備わっていくのは、同年齢の間にほとんど差はありません。しかしながら、年齢を重ねていって、高齢者となると歯の数が減ってしまったり、だ液の出る量が少なくなったりで、同年齢の方々の間では、どんどん差が出てきてしまいます。

 最近、口腔(こうくう)乾燥症(ドライマウス)の方が増加しつつあります。六十五歳以上の方のうち約56%が、口が乾燥すると自覚症状をお持ちです。加齢とともにだ液腺(だ液をつくるところ)の機能が低下してだ液の量が少なくなるという致し方ない原因もありますが、大きな背景としては、ストレスや全身的な疾患もあります。糖尿病や高血圧症などとこれに対する治療薬が口腔乾燥症の原因となることもあります。また、だ液腺の病気や、免疫の病気からのシエーグレン症候群などが原因ということもあります。いずれにしても、適切な検査(歯科口腔外科・内科・眼科などで)、診断に応じた治療や症状の緩和をしてもらう必要があります。

 寿命が伸び、生活も豊かになりましたが、六十五歳以上の高齢者の方々の多くは何らか薬剤を服用されています。また、数十年前とは環境も大きく変わり、ライフスタイル・食事・食材も変化してきています。口の状態も時代とともに変化しているといえるでしょう。

 食事はいつの時代もまた、一人ひとりのどの年齢においても、生きていくために必要なエネルギーを摂取するだけでなく、誰と、どのような状況で、何を食べたのか、どのように味わったのか、思い出でもあり、楽しみでもあります。春のフキノトウのほろにがさ、夏の青々としたトマトの味、秋の脂の乗ったサンマの塩焼き、春夏秋冬、お正月、お節句、夏祭り、季節や地域によって種々の食材・郷土料理・伝統料理があります。いま一度、あなたにとっての心に残るあの食事を思い出してみてください。

 お口の状態をできる限り、より良い状態にして、いつまでも、あの時の思い出の味を同じように味わいたいものです。

(上毛新聞 2003年1月27日掲載)