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県保護司会連合会長 若槻 繁隆さん(伊勢崎市茂呂)

【略歴】大正大学文学部卒。1952年から、保護司、高校教諭として活躍。88年、太田高校長で定年退職。退魔寺住職として前橋刑務所教誨(かい)師を務め、受刑者への説話を続けている。

生かされる



◎不可思議な力に感謝を

 以前、ある会合で子供を叱(しか)ると「俺(おれ)は産んでくれと頼んだ覚えはない」と言い返されれて、「二の句が告げなくなった。何か適当な良い返事はないものか」と言われたことがある。思わず満座は大笑いになってしまったが、ある意味では大人の盲点を突いた頭の良さがあるのかもしれない。子供と思っていると、いつの間にかとんでもない知恵を授かっていることの証しでもあるだろう。

 それにしても昨今の世相は、なんと大切な「命」を粗末にするのであろうか。簡単に人を「殺し」、安易に自らの「命」を粗末にする。かつて「人の命は、地球より重い」と喝破した人があるが、今は「人の命は鴻毛(こうもう)より軽く」なってしまったようである。与えられた「命」はそれこそ「絶対に大切」なものであり、何物にも替えがたいのである。しかし、ことによると人類が余りにもおごり高ぶり、自然を冒涜(ぼうとく)して神や仏そしてその教えを説いた祖師たちを蔑(ないがし)ろにしたためだろうか。いずれにしても人智で計り知ることのできない不可思議な力で生かされていることに気付かなければならないような気がする。

 なぜなら、小学校のころの理科で教えられた海の干満は月の引力によると、そしてまた科学的には証明されているのかどうか知らないが、「宇宙の波動が大洋の打ち寄せる波を一分間に十八回にする」という話を聞いたことがある。その結果、その波動が人体に及んで一分間に十八回の呼吸を生じさせ、酸素が補給されて、炭酸ガスが排出され、体内で燃焼して十八×二の三六度の熱が生まれ、血液がまた一分間にその倍数の七十二回脈拍を打ちながら送り出されていくということである。呼吸が一分間に十八回とか、体温三六度を平均基準、脈拍が七十二回を平均としていることに少しの疑いも持たずに生活していることは事実である。そうなると、最初の宇宙の波動もことによると事実と認めざるを得なくなってくる。

 ということは、われわれ人類、否、地球上の生きるものすべてが生かされていることになり、その生かしてくれているものが、宇宙であり、その宇宙の真理を説くのが仏や神であり、聖人でもあることになるような気がする。こう説いてくると、この論じ方はなんとなく「大風が吹くと、桶屋が儲(もう)かる」と言う古諺(こげん)に似ているような気がしてくるが、しかしこれは真実なのかもしれない。

 往々にして、人間は己の力を過信し、「生かされている」ことに気付かず無視したり、勝手な解釈したり、意向にそわないと、排除したりと、傍若無人なところがあるようで、感謝の片鱗(りん)さえも見せない。そのために天地自然から手痛いしっぺがえしを受ける。先人たちの説く「宇宙の真理」を素直に理解して受け入れるようになれば、この地上が楽園になっていくに違いない。

(上毛新聞 2003年4月1日掲載)