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元高等学校長 山下 隆二さん(高崎市正観寺町)

【略歴】群馬大学芸学部卒。東京都中野区立中央中や藤岡工高、渋川高に勤務、東毛養護学校伊勢崎分校教頭、太田西女子高校長を務める。東和銀行勤務。

養護学校



◎天使の心の子どもたち

 私の教員生活は、三十八年間で八つの職場を経験しました。どの職場も貴重な思い出でいっぱいです。愛すべき生徒、尊敬する上司や先輩の先生、楽しい同僚、そしていろいろ教えられた同窓会やPTAの方々に会えたことは一生の宝として私の心に残っています。

 その貴重な経験の中から特に印象の強い養護学校について述べてみたいと思います。

 昭和六十一年四月一日、群馬県立みやま養護学校高等部へ勤務を命ぜられました。同校は知的障害養護学校ですが、未経験の分野の学校に多くの不安と少しの期待での赴任でした。

 生徒との初対面は緊張でしたが、彼らの印象は、何と澄んだ目をしている生徒たちだろうということでした。彼らの素直さと良い人間として認めてもらいたいとする前向きな気持ちにまず感激し、数日で彼らがいとしくなった次第でした。彼らは、新任の先生にはとても興味を示します。そして勘が優れており、他人(ひと)の心を見抜く力が強いような気がします。直感的判別、それは心が純粋だからでしょう。彼らに好感を持って接する大人や先生にはすぐに近づくし、少しでも敬遠の気持ちがあれば積極的に近づかない差がはっきりしています。時には、パニックや怒ったり、泣いたり、飽きたりすることはありますが、総じて素直で背に天使の羽を持ったような生徒が多かったと思います。

 彼らと接するうえでの対応は意外と早く解決しました。知的障害は、部分的に精神の遅滞があるだけです。例えば、高校二年生で知能指数(IQ)が50の場合は、精神的に小学校の三・四年の程度の力があると考えると理解しやすいのです。自分が小学校三・四年生のころは、まあ素直ではあったが、人の持ち物が欲しかったり、人に褒められたかったり、甘えたり、時に泣いたり、怒ったりしたものです。彼らの心の状態をそう解釈すると彼らが理解でき、話し方や指導もやりやすくなりました。

 養護学校の先生方の指導にも感激しました。先生は、生徒に対して優しく面倒をみますが、悪いことをした時や怠けている時は徹底して厳しくしかります。生きていくための善悪を区別すること、社会でうまく生活に適応できるよう配慮した指導をいつでも実施しています。もちろん勉強も、作業も、生活も個人に応じての指導は考慮されています。当時は、一クラス十人に二人の先生、重度重複障害のクラスには五人に二人の先生(現在は各九人に二人、重複は三人に二人に改変)がきめ細かい指導をしていました。「教育の原点は、養護学校にあり」。そんな感の五年間の勤務でした。

 みやま養護学校のあと、東毛養護学校伊勢崎分校勤務となりました。ここは、病弱養護学校で、長期療養を要する児童のための学校でした。彼らの病気やけがに立ち向かう姿勢や忍耐、そして明るさに感激をたくさんいただきました。

 養護学校の児童・生徒たちは、純粋な気持ちで懸命に生きています。天使をみた思いでした。

(上毛新聞 2003年4月25日掲載)